アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
朝7時ごろに起きる。平日恒例僕の日課のごみ出し。今日はプラスチックを捨てる。
館の掲示板を開ける。朝の段階では何も投稿せずに閉じる。8時ごろ朝食。
そのあとごろ寝・・・食事の後銀行へ行った両親の帰りを待つ。
10:30家を出て、99年の中村製作所の倒産のとき多くの知的障害者が訪れた、所沢の職安へ行く。最近はほぼ一週間ごとにここへ行っている。最近うつ期に入って調子が悪く、何となく「仕事をしてみたい」という気が起こらないが、親も年だし、「そろそろなんか探さないと・・・」と葛藤して辛い。
「食事をしよう」と思って職安を出たところで、もう年配のおじさんに呼び止められた。「仕事を探しているの?」「はい」「年はいくつ?」「29」「職歴はある?」「いいえ」。「え!どうしてだい?」と聞かれたので、「僕は学習障害で、物覚えが悪いし・注意力もないんです」と答えたところ、おじさん曰く「うーん・・・それは君、役所に<何とかしてください>っていったほうが良いと思うよ。ずいぶん困っているんだね。」
所沢の市役所の食堂で、町の名前の由来になった「とろろ」をかけた鉄火ドンを食べて、図書館で本を眺めて、13:00ごろ職安に戻る。顔なじみの職員の方が、迷っている僕を見かけて声をかけてきたので、相談に乗ってもらったところ、
なにやらパソコンのマウスをクリックして、3枚の求人票を僕へよこした。そのなかに、あるお菓子メーカの研究所で実験に使用したボールなどの器具を洗浄するという仕事があったので、「とりあえず場所だけおさえておこうか・・・」と電車と歩きでそこへ行ってみることにする。
途中の駅でASぽい中学生の女の子を見かける。その子はなんか落ち着きがなく、身体をせわしく揺らしていた。何か心配事があるらしく、激しく独り言を言っていた。あるいは何かやなことが学校であったのか、悲しそうに電車の窓の外を見ていた。昨日の朝彼女と同じくらいの年の少女2人が、スーパーの立体駐車場の上から飛び降りて果てるという事件が県下であったばかりなので、何か勇気ずけてやりたいと思い、電車を降りるとき、「がんばって生きな!」と小声で言ってその子の方を向いて微笑む。彼女はきょとんとしていた。
降りた駅からマロニエの並木の下を通って研究所へ歩いていく。15:45ごろ研究所の正門にたどり着く。白壁の大きな建物に圧倒され「こんなところでうまく働けるのか???」と弱気になる。「とりあえず面接でも受けようか・・・」と、研究所から家までの所要時間を計ることにして家路に着く。
家には研究所をたってから1時間40分後の17:30にたどり着く。遠い。朝7時には家を出なくてはならない。「僕にはやはり無理か・・・・」とさらに弱気になってしまった。
Mariaさん、こんばんは。
> 『「おる」は謙譲語である』というのは、正確な認識ではありません。動詞として使われるときは普通の動詞、補助動詞として使われるときは、その動作を卑しめていう意味があるので、謙譲の表現として使われる、ということになっています。なお、この「卑しめて使う」用法は室町以降。
違いがわかり難いですね……「おられる」と「おる」。
> そんなわけで、「田中さんはおられますか?」「田中は外出しております」は敬語として間違ってはいません。
この時の「居られます」……あ、漢字にしたらすっきりした。こういう意味なのですね……。長年のエクスキューズに終止符が打たれようとしています。ありがとうございます。
僕は「いらっしゃいます」の方が間違えなさそうでいいかな、と思っております。
名加野さん wrote:
>が、謙譲語「おる」に対しては敏感なようです。そこは「いらっしゃる」だ
>よう! と言いたくなって仕方がない場面が多いのです。僕が間違ってるの
>かもしれませんが……。
『「おる」は謙譲語である』というのは、正確な認識ではありません。動詞として使われるときは普通の動詞、補助動詞として使われるときは、その動作を卑しめていう意味があるので、謙譲の表現として使われる、ということになっています。なお、この「卑しめて使う」用法は室町以降。
そんなわけで、「田中さんはおられますか?」「田中は外出しております」は敬語として間違ってはいません。
敬語に関しては、国語辞典より古語辞典のほうが役に立ちます。おすすめは百目鬼恭三郎(どうめき・きょうざぶろう)先生が『風の書評』で「高校生だけに使わせておくのはもったいない」と絶賛した、三省堂の『例解古語辞典』。書店で見かけたら、「こきまず」の項をまず読んでみてください。なお、編著者の佐伯梅友(さえき・ばいゆう)さんが監修し、鈴木康之さんが書いた『日本語文法の基礎』(三省堂)と合わせて読むとより楽しめます。
こういう話題だと楽でいいです。うん。
(Maria)
あさかぜ wrote:
> 十年近く疲れをためたあげく、一年以上休息することでやっと(!)元気が出てきたあさかぜの老婆心でした。笑っていいですよ〜。(でも怒らないでくれると、うれしいかも……)
怒るなんてとんでもない。どうもありがとう。
みどり
Mariaさん、こんにちは。
> こうした例を挙げた上で、「で、どっちが正しいの?」と訊いてみるのも面白いと思います。「本当ね? 本当にそれで正しいのね?」と詰め寄られると、大抵の人は「……たぶん。」とかいって腰が退けてしまいます。
ここまで言うには、凄く多くの間違い探しを経験(勉強)しないといけないですね。確かに10個ぐらい並べれば、なーんにも知らない人は聞いてるうちに混乱するでしょう。僕も混乱してまいりました。
……うーん、ある一例だけを取り上げて攻撃する人が多いってだけなのでしょうか? 単純だけど荒んでる(全く人の事言えない)……
僕は、あげ足取りではありますが、言葉の間違いは(大抵起こりえる事なので)別にしても、イントネーションは注意しません(解らない時は聞くけど)。が、謙譲語「おる」に対しては敏感なようです。そこは「いらっしゃる」だよう! と言いたくなって仕方がない場面が多いのです。僕が間違ってるのかもしれませんが……。
僕自身は習った通りにやってると思うのですが……。
エヘヘ。 ありがとう。 感想を書いて頂いてうれしいです。
マザー wrote:
>長男17歳(AS)
>この人は、これだけ人が居る中でよくこんなに自分の気持ちを
>しゃべれるよね。俺は一対一でもうまく言えそうにない……。
う〜〜ん。確かに。私もそう思ったんだけど、ASだから、ここまで出来るのかなァ〜なんて。私はASってのがよく分からないのだけど、私の中では、「言葉を流暢に操れる」ってイメージがあるから。 だから、こんな感じかな〜って。。。
私が高校生の時は、殆ど全く人の話が聞き取れず、何かを話かけられても、「?!」ってな感じで、自分の気持ちを話すどころか、皆が何を話しているのかさえも分からなかった(混沌とした)状態です。
私は、人に自分の気持ちを話すことも知らずに、自分の興味のある話だけ話していたので、私の話を(喜んで)聞いてくれる人だけとお友達になれました。
>二男15歳
>この人は、自分の気持ちをしっかりと表現出来ているし、自分の意見を
>持っている。他の人達より人間をよく観察している人だね。
私が”人に自分の気持ちを話す”ことを知ったのは大学生になってから。 これは私が一生懸命、周りの人達を観察したり、実験した結果、無理やり身に付けたものです。もともと、自分の気持ちも自分でも持ち合わせてなかった私は、無理やり自分の内から探してきて、外に吐き出していました。
こうすると、友人が安心してくれるようです(というか納得してくれるというか。。。)。ふ〜疲れる。
>まー、確かに宮川くんはASに近い部分を持っているAタイプなんだろうけど
>あれだけの遣り取りが(テンポの速い会話)が出来るだけでもすごい。ちゃんと
>相手の目を見て話しが出来ていたしね。自分の生き辛さを表現出来るのも
>言語能力が高いってことだろうし、表現したくても出来ない人も居るから……。
うーむうーむ。私の会ったAS君は大学生だけど、結構、言葉は流暢だったしなぁ〜〜。よく話す人だったし。
私もうまく言えない。自分の生き辛さ。 でも、あそこまで表現できるASはいそうに思うんだけど。
マザーさん ご感想ありがとうございました。
お子さん達の意見も聞けてうれしいです。
自分の中だけでしか分からないので、誰かに聞いてみたくなったのです(^^ゞ。
#只今、体中が大変なことになってます。 休養を心掛けて過ごしてます。
#早く直らないかにゃ〜。。と、ウズウズ。ウズウズ。
#最後に。 M君関連の私の投稿は、全て消したいと思います。
#ずっと、M君に悪いなァなんて、気になって心配してたので。
名加野さん wrote:
> 「ココア」の場合もおかしいみたいです。「ココワ」と発言してるみたい
>ですし……本当は最初の「コ」を強調。でも僕は2番目の「コ」を強調……。
>
> まあ、逐一注意されるんですが、相手はきっと我慢できないのでしょうね。
>僕も単語間違ってる時に訂正したくなるので文句言える立場じゃないですが……。
以前は「彼氏」の「カ」にアクセントを置いたものですが、最近は「レ」に置く人も多いようです。
「富」「中」はどっちも第一音(「トミ」の「ト」、「ナカ」の「ナ」)にアクセントがありますが、「富田」さんは「ト」にアクセント、「中田」さんは「カ」にアクセント。「浜」「山」はどっちも第二音の「マ」にアクセントがあって、「浜田」さんは「ハ」にアクセントで「山田」さんは「マ」にアクセント。
で、「山田氏」は中・高・高・中と発音するのが普通のようですが、それだと「山田一族」みたいな意味になっちゃいそうだ、というので中・高・高・高と発音する人もいます。ですが、それだと「山田師」みたいに聞こえる、という人もいます。
「彼氏」も、「(その場で指示された)特定の男性」「(その人にとっての)特定の男性」「特定の関係にある男性」といったそれぞれの意味によってアクセントが変わってきそうにも思います。
宝石の“opal”は日本語では「オパール」となってパにアクセントですが、英語だとオにアクセントがあって「オゥパル」。
外国同士でも、「技術者」はドイツ語で「インゲニアー」で「ニ」にアクセント。ロシア語だと「インジェニェール」で「イ」にアクセント。
羊毛の“wool”は日本語だと「ウール」ですが、英語だと「ワゥル」みたいな発音ですが、きっちりワ行の音で、しかも伸びません。
“bed”・“bag”・“dog”など、語末の濁音は澄むことがしばしばあります。だから、「ベット」「バック」「ドック」になってしまいます。「ブルドックソース」は、ブルドッグの絵が描いてあるのに「ブルドック」と澄みます。
“simulation”(「シミュレーション」。原語に忠実っぽく発音すると「シミュレイシュン」)を「シュミレーション」、「アボカド(“avocado”)」を「アボガド」と覚えている人も多いようです。
「間髪を入れず」は、「間、髪を入れず」だし、「失楽園」は「失・楽園」だから、大半の人はアクセントが変、ということになります。「失楽園」は「楽園追放」という言い方もあります。
こうした例を挙げた上で、「で、どっちが正しいの?」と訊いてみるのも面白いと思います。「本当ね? 本当にそれで正しいのね?」と詰め寄られると、大抵の人は「……たぶん。」とかいって腰が退けてしまいます。
(Maria)
みどりさん wrote:
>ときどき自分で自分のことがうるさくてたまらなくなるんだよねえ。少しは黙らんかいっって。
>誰かと話してるときも、自分一人で考えてるときも。
こんにちは〜。
↑上記の言葉に反応しちゃったので、コメントさせてもらいます。
同じだ〜!
って、それがどうしたと言われれば、「単に、わたしがうれしかっただけ」のことなんですけどね。迷惑かしら?
それともうひとつ、「人は自分の信じたいことだけを信じる」とカキコしてたのは確かみどりさんでしたよね? これもすごく同感(この言葉でいいのかな?わからん)できたので、伝えておこうと思いました。
自称グレーゾーン(自称AS傾向+ADD傾向って書くと長いし、面倒くさいのでこう書きます)のあさかぜは、最近「な〜んだ、あたしって充分すぎるほどASじゃん。けけけ」とひとりごちて、ほくそえんでいます。
どうやら「自信」(?)が上昇中らしいです。みどりさんは、カキコを拝見するかぎりは下降中か、あるいは疲れがたまっていらっしゃるのかな?って感じたので、「たっぷり休んでくださいね」とひとこと言葉をかけたかったのです。
よけいなお世話?
十年近く疲れをためたあげく、一年以上休息することでやっと(!)元気が出てきたあさかぜの老婆心でした。笑っていいですよ〜。(でも怒らないでくれると、うれしいかも……)
タレイヌ wrote:
>シンタロウ さんwrote
>
>>
>>
>> へ_へ
>> ( ・w・) <にゃ〜
>> 〜(___)
>>
>お久で〜〜っす。
>ずいぶん、腕を、あげたねっ!!
>
> (タレイヌ)
へ_へ
( ^w^) ニコニコ
〜(___)
パックンさん wrote:
>パックンです。
>私は、この子はASだと思うんですけど。
>そこで、質問です。
>皆さんは、彼のことどう思いますか?
>皆さんなら、彼になんと言ってあげますか?
>皆さんの素直なご意見・ご感想をお待ちしています。
パックンさん、見ましたよ!しゃべり場。
二人の息子も見ていたのでそれぞれの感想を書いちゃいますね。
長男17歳(AS)
この人は、これだけ人が居る中でよくこんなに自分の気持ちを
しゃべれるよね。俺は一対一でもうまく言えそうにない……。
二男15歳
この人は、自分の気持ちをしっかりと表現出来ているし、自分の意見を
持っている。他の人達より人間をよく観察している人だね。
まー、確かに宮川くんはASに近い部分を持っているAタイプなんだろうけど
あれだけの遣り取りが(テンポの速い会話)が出来るだけでもすごい。ちゃんと
相手の目を見て話しが出来ていたしね。自分の生き辛さを表現出来るのも
言語能力が高いってことだろうし、表現したくても出来ない人も居るから……。
番組最後に、屋上で皆で唄っていた時の笑顔は良かったよ。少し、すっきりした
んじゃないかな? 宮川君は納得のいく助言を得られなかったかもしれませんが
きっと、人それぞれ感じ方は違うってことに気付いたでしょう。誰かの言葉に
傷つき、悩みながら少しづつ自分を知って大人になっていくのでしょうね。
レスが遅くなってしまって、UPしようか、しないでおこうか、と迷いつつ…。
pennpenn58さん、こんにちは。
> けれど私は教会にも行かないし聖書も今は読みません。ただ自分一人の信仰をたった1人で信じています。
僕も、自分で勝手に「自分だけの神」(言い方が変だな)を作り上げてしまっています。人は全て、無意識の内に作り上げてる(というか、元から持っている。)気がします。「人は、一人一人、心に必ず神が住んでいる。」という、母の受け売りではありますが……。
(ここから独り言……というか、愚痴)
宗教勧誘(悪徳商法みたいな感じなので、厳密には宗教ではないが)で、一時期参りました。押し付けは勘弁して欲しい。どこだったか忘れたけど、ただの知り合い(クラスメイト)だっただけなのだから、頼むから中学のクラスの連絡網とかを使うのは止めて欲しいと思いました。
後、勧めに来ておいて、否定しただけで、切れないで欲しい。親を出したからって切れないで欲しい。
なーにが「真実を見せるから、駅まで来い!」だ……。
武田好史さん、こんにちは。
>私は「原因」を「げいいん」と読むと思い込んでしまっています。
>あと「ケア」という言葉が「ケヤ」というふうに聞こえてしまいます。
僕の場合イントネーションがおかしいらしく、相手が「なまってるように聞こえる」&「違う単語に聞こえる」らしいですね。
「ガスト」の場合、「ガ」を強調するのが正しいらしいですが、僕の場合「ガストー」と横に棒読みになるようです。
「ココア」の場合もおかしいみたいです。「ココワ」と発言してるみたいですし……本当は最初の「コ」を強調。でも僕は2番目の「コ」を強調……。
まあ、逐一注意されるんですが、相手はきっと我慢できないのでしょうね。僕も単語間違ってる時に訂正したくなるので文句言える立場じゃないですが……。
武田好史さん wrote:
>私は理性というものは、この災難を防止するためにあるものであり、神とか
>信仰というものは、その表現形態の一つなのだと思います。
あたしは、「理性の全体性の喪失」というものが、問題の本質にあるような気がします。
>「いま、ある大脳生理学者が学生に<心というものは、脳の中での電気信号の
>流れの総体にすぎない>と説いたとする。その中に彼を憎んでいるやつがいて、
><じゃー教授をぶっ殺して、その流れを止めれば、単位を落とした俺は救われ
>る>と思っているかもしれない。学者が殺害されれば、彼は自分の思想によっ
>て滅びたことになる。
『銀行の預金残高というのは、オンライン・システムの中の電子データにすぎない。したがって、「富」というのは「データ」である。したがって、銀行のオンライン・システムをハックして自分の銀行講座の預金額を増やすことは、富の蓄積である。』と考える人はいそうに思います。ですが、こうした思考過程からは、「金銭」「富」「豊かさ」といったものに対する考え方・捉え方といった根源的な部分がずっぽりと抜け落ちています。
科学というものは、部分によって論じられるものではありません。論理的整合性・無矛盾性・実証性・現実性、そして方法論や「真理への憧れ」といった哲学や「研究者」という文化も含めて、全体が「科学」なんです。
「一本のパイプを切断する」というのは、その行為だけを取りあげて「器物損壊」であるとは言えません。それが人間の頸動脈や稼働中の原子炉の一次冷却水のパイプなのか、それとも学校で花壇の水撒きに使っているゴムホースが長すぎると思ったので勝手に短くしちゃったら端のほうまで届かなくなっちゃったのかでは、その意味するところがまったく違います。だからこそアルフレッド・ノーベルはダイナマイトが軍事用に転用されたことに対し、そしてアルバート・アインシュタインは自分たちの研究が広島・長崎の原爆投下につながったことに対し、嘆き、そして苦しんだわけです。
「科学のひとり歩き」に、科学者は無関心ではいられません。それは、科学の本質たる「全体性」の喪失であり、「科学は人類に奉仕するものである」という、科学の基本テーゼからの離反だからです。
ぜんぜん関係ありませんが、角川映画で『金田一耕助の冒険』という映画があります。その中の最後のほうで、金田一耕助が「事件というのはね、ひとり歩きするんですよ」と述べる場面があります。
暴力は、力です。暴力はひとり歩きします。それは、力というものが背負った業です。
科学もまた力の一種であるがゆえにひとり歩きします。妖刀・村正ではありませんが、力はそれを手にしたものをしばしば狂わせます。いわゆる「不祥事」なんていうのはその際たるものです。
信仰は、「力」と不即不離のような気がします。無力なものに力を与え、力のひとり歩きを防ぐものとして、信仰は機能しているように思います。
(Maria)
シンタロウ さんwrote
>
>
> へ_へ
> ( ・w・) <にゃ〜
> 〜(___)
>
お久で〜〜っす。
ずいぶん、腕を、あげたねっ!!
(タレイヌ)
武田好史さんwrote:
> 昨日の午後は、悪天候で山々はガスに覆われて、よく見えず
> 今朝はそれがうそのように晴れ、山頂が雪に覆われて、水蒸気の白煙を盛んに上げている迫力ある浅間山を望むことができました。
> あと碓氷峠のあたりの紅葉も、山一面色づいた状態で最高でした。
前日が雨で、翌日が晴れという場合、大体は快晴になりますね。
軽井沢という事ですから、車でしょうか・・・?
山の天気って、変わりやすい。でも、おもしろいこともたくさんあるの。
横から見ると、山の、右と左でまるで、天気が違うのです。(アア、富士山なんか見ると良く分かりますよね。)これが、実際歩くとなると、結構、狐につままれたみたいな気持ちになるんですよ。
大菩薩に、塩山の側から登ったら、霧雨で、寒くって、冷たくって…なのに、頂上を一足越えたら、空は晴れて、秋晴れ・・かえでの紅葉が陽にすけて、きれいだった。
いくら、話で聞かされたり、写真や映像で見せられても、感動って、できないものなんですよね・・・実際に寒い思いをして歩いたり、風が谷を渡る音を聞きながら見た、もみじの紅さは、そこへ体を運んだ人だけに与えられる恩恵ですもの。
火山の迫力は、きっと、凄かったんでしょうね。自然エネルギーって、伝染しますよーー!
(タレイヌ)
へ_へ
( ^w^)
( ) ____へ_へ
| | | C____( ~w) <にゃ〜
(__)__) U U U U
____
C____U ^ェU <きゃんきゃん
U U U U
へ_へ
( ・w・) <にゃ〜
〜(___)
ヽ( ~w~)ノ ランランラ〜ン♪
( へ)
く
pennpenn58 さんこんにちは。
> p.s名加野君へ
> 掲示板が治ったことの連絡ありがとう。私はパソコンの操作にまだ慣れていなくて名加野君の言うとおりにできなくてゴメンね。
いえいえ、僕のつたない説明で、色々混乱された事と思います。ゆっくり覚えていって下さい。
ちなみに、僕はよく、コンピュータの所の「パソコン何でも相談室」に出没しております。何かわからない事があったら、遠慮なくお聞きください。
もし居なくても、その部屋の方に聞けば解決の糸口は見えると思います。ただ、「自分で調べろ」とか言う人もたまに居ますが、お気になさらずに。
また、チャットにいなくても、「rairurairu」というハンドル(多分友達に追加されたと思うので、大丈夫でしょうけど……)に送ってくれれば、答えます。
shaku
人間って、止めたほうがいいことをいつまでも繰り返してしまうんですよね。これは多分自分だけで悟らないで、人類の集合的無意識に浸透するまで自分を掘ろうという衝動なのだろうね。だけどもうそろそろイエスの犠牲は目的に達して、犠牲死の要求が収まらなければ。
> 犠牲を求めない、多様性尊重の仏道が世界を救うのだ。
私もsykuさんの見解に同意します。私はいつも神のことを考えています。なぜ神は私に試練を与えたもうのか。いつもいつも私の心の中には神が存在しています。
けれど私は教会にも行かないし聖書も今は読みません。ただ自分一人の信仰をたった1人で信じています。
自分というものを深く見つめざるをえなかった人は結局神という存在に行き着くのではないでしょうか。
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