アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
私にはこの人が憐れに感じます。
先天・後天を問わず、何らかの障害・心の病を持っていることは確かでしょう。
そのことに本人が気付いていないようです。
あるいは、何かを抱えていることは分かっていても、自分の姿を間違って捉えていると思われます。
正しく診断することはできないので、あくまでも印象ですが、自閉圏ではなさそうです。
では、この人にはどのようなケアが必要かですが、残念ながら私には分かりません。
ただ、ネットを通じたケアは難しいだろうと予想できます。
強いて言えば、障害と心を勉強してもらえればいいのですが、こう書かれて実行するような甲斐性はなさそうですね。
「憐れ」と書くと「人を憐れむほど偉い存在だと思っているのか」と反応しそうですが、そう感じるなら自分を把握していない証拠です。
妖精 wrote:
>たかよ wrote:
>> 無知で共感性に書けた人間のたわごとは以上です。
>
>この人こんな馬鹿丸出しの文を人に読ませていたことの恥ずかしさに
>気づき、発狂した挙げ句廃人化するのは何年後でしょうか?一直線!(^^;ワラ
>単なる馬鹿なのに障害と言えば高尚だと思う人っているんですね合掌(^^;ワラ
>人に何か言う前に少しは自分の馬鹿を直すこと考えたらどうですか?(^^;ワラ
>同じ障害の掲示板でお仲間の怒り買って顰蹙買うなんて馬鹿すぎます(^^;ワラ
>あ、もう手遅れですね。最も嫌われるタイプのおばさんですからね。(^^;ワラ
>そんな人が人様の「お母さん」にそんな偉そうなこと言って!まあ〜(^^;ワラ
>あ、子どもは一生産まないでくださいよ!みんなすごく迷惑ですから(^^;ワラ
>産んでも「お母さん」じゃなくて「キチガイ製造器」と呼ばれますしね (^^;ワラ
ふざけんな!こんな中傷を書くな!
私は小さい頃から、耳で聞いた情報を動作に変換することや、他の人の動きを模倣するのが苦手でした。
子供の時食事の時間になると、親からよく「箸の持ち方が違う!」と怒鳴られ、食事の時間は楽しくなく、小学校5年生の時には一時期『拒食』に陥りました。体操も、他の子と異なった動きをして、周りから浮き足立っていました。
また23歳の時に、一度車の教習に挑戦しましたが、ハンドルをどれくらい切るのを教官のを見て覚えることができなかったり、教官の指示にうまくしたがってタイミングよくブレーキを操作することができませんでした。それから海洋学部のロープワークの講習会の時に、他の学生がみんないとも簡単にできている型を、私は全然できませんでした。
千葉の幕張の『障害者訓練総合センター』で受けた検査の結果、どうもそれは「『観念運動失行』という脳機能障害に起因している!」ことが解ったことを、先日療育手帳の申請に行った時の父の話から知りました。
これは脳の左半球の頭頂葉の損傷によって生ずる障害で、運動機能・知能が正常で、自発的な運動はうまくできるのに、耳で聞いた「……をしてごらん」という指示や相手の体の動き見ることから、意図的に動作を作ることが困難な状態を指します。
ASの人が体の動きがぎこちなくって馬鹿にされるのは、この『観念運動失行』
によるところが、かなり大きいと思います。
武田好史 wrote:
>Lingko wrote:
>>せっかち母さん wrote:
>>>こんにちは、今日は皆さんのアイデンティティについてお聞きしたく、やって来ました。 息子は、自分の行く所は物理の研究室しかない!と思いこんで
>>
>>それ、アイデンティティの問題でも甘えでも何でもなく、イメージ力の不足を補う資源、情報整頓道具、情報整頓のテクニックを学べる場所、考え方の道筋を学べる場所の不在の割を食ってるんじゃないでしょうか。
>>
>>世の中にはどういう仕事があって、どういう仕事にはどんなスキルが必要なのか。
>>
>>ある仕事は、どんなタスクから成っているのか。
>>
>>その仕事を構成するタスクのうち、中心的なタスクはどれで、付随的なタスクはどれなのか。
>>
>>自分はどんな価値観に貢献したいのか。
>>
>>ある価値観に貢献するためには、どんな仕事があるのか。
>>
>>どんなスキルがあれば、どんな仕事に使えるのか。
>>
>>そもそも、どんなことがスキルと呼べるのか。
>>
>>この能力はスキルなのかスキルじゃないのか。
>>
>>そういうことって、「何となくわかっていくもの」とされているんじゃないでしょうか? でも、「何となくわかっていく力」のない人にとっては、さっぱりわけわからんものです。
>>
> 脳の機能の障害によっては、このようなことが分かりにくい場合もありますしね。
>まあ自分ができるからといって、それと同じことを他人に無理矢理押しつけるのではなく、その人にはその人なりの特性を見て同じ目線で一緒に考える、それができる人が私たち自閉連邦市民の優しいと感じる人なのでしょう。
そうですね彼も脳の機能障害ですね。そうに違いないですね!キチガイですよね (^^;ワラ
中学生より幼稚な文でいつも人を自閉症にしたがりますね。広報部長ですか?(^^;ワラ
カルトの勧誘でもさせたら優秀かもしれません。むしろ教祖ですね。見た目が(^^;ワラ
いつも雰囲気の読めない的外れな記事を書く要領で勧誘したら犯罪ですけどね(^^;ワラ
一般人の見てる場所で物を言う時は自分の立場をわきまえて発言してください(^^;ワラ
あんく wrote:
> 私としてはあれでも抑えたつもり。あんくって奴は、あんなことを言う。
> じゃあいつかは私に対してもなにか酷いことを言ってくるのかしら?等と、不安になるから
プッ!この自意識過剰は何でしょうか?ジャニーズ出身芸能人ですかぁ? (^^;ワラ
改行の無い障害者のウンコのような文章読みづらいです。読みませんが (^^;ワラ
> かれらのあずかり知らないところで、笑い者にしちゃうことが一番なの。
今ホットに嘲笑されてる掲示板の人が掲示板の外でクネクネですか(^^;ワラ
今は障害者ですらネットできるんですね。ここは見せ物小屋ですが(^^;ワラ
ネットも現実の一部ですよぉ。障害者に発言する権利など無いです(^^;ワラ
3月3日の上野楽しみですよぉ。この人たちが本当に見せ物になる(^^;ワラ
Mariaさん wrote:
> 「できる」のと「わかっている」のとは、本来、別のことです。で、「できる」からといって、「わかっている」とはかぎらない。「わかっている」からといって、「できる」とはかぎらない。
>
> だけど、「できる」と、「わかっている」と勘違いする人が多いのですね。
よくあることだという感じがします。わたしもしょっちゅうやっているような気が……。この勘違いがなければ、もう少しまともな(?)人間になれたようにも思います。(無理か……ははは)
> だから、「わかる」→「できる」というルートが、一般の教育では尊重されていないというのが問題なのだと思うのですよ。
> あたしは、普通の子どもとASの子どもに異なった教育法が必要だとは思ってはいません。「ASの子どもの場合、間違いや手抜きがより深刻な影響を及ぼす」だけの話なんだと思っています。
教育を請け負う側の問題だということは、わかります。
> あたしに言わせりゃ教育界の閉鎖性、教育体制の不備、教師の指導力不足・勉強不足といったものが出てるだけのことだと思います。少なくとも、現今の学校教育の見直しだけで対応できる部分はかなり大きいと思うぞ。
Mariaさんの指摘には一理あると思うので、反論はしません。
ちょっと現況は書いてみたいと思いました。どこでも当てはまることかどうかは、わかりませんが。
「現今の学校教育の見直し」が、すでにどこから手をつけていいのかわからなくなってしまっている状態なんじゃないかなぁ、と言ってしまったらミもフタもないっすか?
少なくとも「学校離れ」とでもいうべき流れが起こってきていることは事実ですね。学校教育制度の見直しを待っていたのでは、子どもはどんどん成長していってしまいますから。就学前に自閉症方面の診断を受けたお子さんの親御さんは、そういう方向も視野に入れることも多いです。医療現場で自閉児のトレーニングを行っている方から「小学校の先生方って、学ばないんですよねぇ……」と聞かされたりすることもありますしね。(実際そうだもん)
「何が何でも学校へ行かせることだけが教育じゃないぞ」という気持ちはあっても、じゃあ何をどうすればいいのか?と悩むことは山ほどあります。足りない部分を補う方法、それにかかるお金、所属している学校からのちくちく攻撃(笑)とうまく渡り合うこと……考え始めたらきりがない。
「できることからこつこつと」は基本ですが、「おうちで子どもに勉強を教えようとするお母さまのための勉強会あるいは塾」(長い〜)みたいなものがあればうれしいんだけどな、と思うのでありました。だって、勉強の仕方がわからないんだもーん!!(←だらしない大人だぞ。しかしこれが事実だ)
特殊教育のありかたについては、いろいろな意見もありましょうが、まずは就学途中でASの診断を受けた子どもの親が転級を希望したときに、即対応できるシステムだけはどうしても欲しい! 「学年の途中で転級はできません」と頭ごなしに言われてしまうと、「なんでじゃ? こっちが望んでいるのになんでじゃ? 子どもをなんだと思っているのじゃ? 問題行動が頻発したからなんとかしろと言ってきたのはそっちじゃろが! 診断は下りたんだぞ。障害があるのだ。なのに、なんで、途中ではできませんなのだ?」と悔しい思いをする人は決して少なくないと思いますから。(あー、思い出すとまたクヤシイ!)
まとまりのないまま、終わります。
たかよ wrote:
> 無知で共感性に書けた人間のたわごとは以上です。
この人こんな馬鹿丸出しの文を人に読ませていたことの恥ずかしさに
気づき、発狂した挙げ句廃人化するのは何年後でしょうか?一直線!(^^;ワラ
単なる馬鹿なのに障害と言えば高尚だと思う人っているんですね合掌(^^;ワラ
人に何か言う前に少しは自分の馬鹿を直すこと考えたらどうですか?(^^;ワラ
同じ障害の掲示板でお仲間の怒り買って顰蹙買うなんて馬鹿すぎます(^^;ワラ
あ、もう手遅れですね。最も嫌われるタイプのおばさんですからね。(^^;ワラ
そんな人が人様の「お母さん」にそんな偉そうなこと言って!まあ〜(^^;ワラ
あ、子どもは一生産まないでくださいよ!みんなすごく迷惑ですから(^^;ワラ
産んでも「お母さん」じゃなくて「キチガイ製造器」と呼ばれますしね (^^;ワラ
こうもりさん wrote:
> わたしの特殊教育に関する考え方から述べていきます。わたし自身は特殊教育というのは、最初は一部の障害を認定された子供たちだけに適用されるものであっても、最終的には教育全体に還元されるべきものだと考えています。要するに特殊教育はその時代の普通教育がカバーできない領域を扱うものなのですが、普通教育がその領域をカバーできるようになったら、その時点で問題を普通教育の場にお返しするという性質のものなのではないかと思っている訳です。
> で、現時点の普通教育においてAS児に対応できる教育がなければ、それをまずは特殊教育の場で試行錯誤していくというのは間違っていないのではないでしょうか?
えー、実務レベルの対応からいうと、こうもりさんのおっしゃるような方法は現実的な対応だとあたしも考えます。
ただ、あたしの場合、考え方がちょっと違うのですよ。
数学者の遠山啓(とうやま・ひらく)さんは、知的障害児童の発達過程は健常児の発達過程と本質的に異なるものではなく、それが非常にゆっくりと行なわれ、しかも健常児と違って、「その過程に少しでも飛躍があると、そこを乗り越えることが非常に難しい」、と述べています。たしか、『かけがえのない、この自分』という本の中に書いてありました。
で、現代の初等教育は、健常児にとってさえ適応が困難なものだったりもするわけですね。だからこそ、(受験を控えた、すでに思春期を迎えている中学・高校生ではない)小学校における学級崩壊が起きたり、学力低下が叫ばれたり、不登校が問題になったり、落ちこぼれの問題が出てきたりしているわけです。
そんなわけで、あたしは「普通教育」を拡張して「特殊教育」の部分までカバーしようと主張しているのではなく、「普通教育」というものはそもそも「学校教師の縄張り」としてしか存在しないのではないのだろうか、と考えているんです。
「健常児は適当に教育してもなんとかなるのだから、適当でいい」みたいな考え方が、現今の学校教育の根底にはあるのではないか。そう思わざるをえません。子どもというのを、「教師のオモチャ」「人質」くらいに思っているとしか思えないのね。たとえば、子どもたちに対する自虐史観に基づくイデオロギー教育なんていうのは、そのあらわれのひとつです。子どもたちを自分たちの政治的主張の道具に使っている。そういうのはヒトラー・ユーゲントや紅衛兵やクメール・ルージュと同じやり口なのね。
子どもに間違った考え方を植えつけ、発達を阻害する「逆教育(ディスエデュケーション)」というものが、行なわれている。それも、国語や算数の基礎という、いちばん根本的なところから。で、それはもう三十年以上も昔からずっと指摘されているし、国だって旧文部省の時代からずっと是正しようとしているというのに、一部の現場教師の根強い抵抗があって、改まらない。
「四人の子どもに三つづつみかんを配るのに必要なみかんはいくつですか?」という問題に、「3×4=12」と書くと正解で、「4×3=12」と書くと不正解だ、という例がありました。「3(一人当り個数)×4(人数)=12(個数)」だというのです。ですが、数学者からは、「トランプを配るときは、4人に一枚づつ3回配るだろう?」という反論が出てきました(こっちのほうが小学校の先生みたいだけど)。だけど、教育界はこうした批判を受入れなかった、というのは有名な逸話です。「実際と理屈では別だから、学問は教育の現場に口を出すな」という態度でした。
「教育は理屈ではない」というスローガンの下に、「理念」「思想」が一人歩きしちゃっているんですよ。
そんなわけで、あたしは小学校のカリキュラムの大幅見直と「モデルケース」を作成しなければならないと思います。そんなわけで、「国定教科書」ならぬ、「国が作成する標準教科書」「国が作成する標準問題集」みたいなものも、作る必要があると思います。できればオンラインで公開して、自学自習ができるようにしてほしいな。
(Maria)
鷲羽丸 wrote:
> 突然ですが、皆さんは「手の小指だけを曲げる」ことができますか?
> わしは容易にできます。
>
>「手の小指を曲げると、どうして薬指も一緒に曲がってしまうのですか?」
>
>なにいーーーっ! 普通はそうなのか? 小指だけを曲げられるのは少ない方だったのか。そんなことを思いました。
> しかし、その質問に対する「答え」のところに、
>
>「訓練を重ねたら、小指だけを曲げることができるようになる」
>
私も以前は小指だけを曲げることができませんでした。
手話の『8』は、親指を立ててそれ以外の4本の指を平行に並べる『9』から小指を曲げて作りますが、それを練習していくうちにだんだんできるようになってきました。
あんく wrote:
>武田好史さん wrote:
>>吟遊詩人さん wrote:
>>>空がこんなに青いのは
>>>何を求めているのか
>>>黄色い方が安らぐのに
>>>
>>>
>>>http://plaza.rakuten.co.jp/minstrel/
>> 春は意外とうす曇の日に、この黄色い空が実現しますよ!
>>桜はくすんだクリーム色の空が美しい!
>
> もう20年ちかく前のことになるが、空が鮮やかな紫の色に染まった日があったな。
> 自然科学は得意じゃないが「紫光現象」と呼ばれるものだそうな。
北陸 金沢の夕暮れは、紫色になることがよくあります!太平洋側で育った僕
にはとても新鮮でした。
こうもりです。
たかよさん wrote:
>でも、ちょっと気になったのです
>「とじこもりかもしれない」とも言ってるのに
>「甘え」の部分だけに反応された事です
「とじこもりかもしれない」という部分には特に問題を感じな
かったので、言及しませんでした。つまりレスをつけた多くの人
は「甘え」に関するコメントだけ気になったから、その部分への
言及が多かったのでしょう。
なお、わたしはたかよさんの意見が間違っているとは思ってい
ません。単に意見が異なっているだけです。意見が異なる場合、
わたしはとりあえず反論コメントを書きますが、自分だけが絶対
に正しいと思ったことはありません。
>前に妖精さんが、分裂症の人に失礼な事を言った時
>怒る人達がほとんどで、
>妖精さんに分裂症とはどういうものか、
>では、妖精さんはどう振舞えばよかったのか、
>説明してくれている人は殆どいませんでした。
悪というテーマを扱ったことのある人間として一言。妖精さん
の発言は善悪の判断がつかなかったのではなく、それが相手(こ
りっこさん)を傷つけることを考慮に入れたうえでなされていま
す。そうでなければ、相手に死ねというコメントをしたりしない
でしょう。
それにわたしは分裂病の説明こそしませんでしたが、どの点に
怒りを感じたのかは激怒型に説明させたはずです。要点をまとめ
ると
(1)ASを障害者のなかの特権階級であるかのような誤解をして
いる。
(2)「他の人たちも」という表現を用いて、架空の支持者を作
りあげている。(現にわたしは妖精さんと同じ気持ちには
ならなかった)
さらに「反論があれば受けて立つ」とも述べさせており、妖精
さんに反論をする機会を与えています。もし、妖精さんから反論
コメントがあれば、きちんと話し合ったり説明をする気持ちがあ
ります。もっとも妖精さんからは何も反論が来ていないので、話
は中断したままです。
けっきょく、妖精さんの側から誠意ある反論が返ってこなけれ
ば説明の仕様がないのです。
>「自分勝手な振る舞いは障害のせいだから許してね」
>と思っているのなら、妖精さんを責める資格も無いし、
>それこそ障害だからという「甘え」だと思うのです。
これについて、わたしは微妙な考え方をしています。わたし自
身が自分のうまくいかないことを障害のせいにするのは「甘え」
だと評価します。ただし、その価値観を他人に押しつけるのは間
違いだと考えています。
つまり、「自分勝手な振るまいは障害のせいだから許してね」
とは考えていないのです。ただし、わたし以外の軽度発達障害者
が「甘えだ」と非難された場合には、自分に対して言われた時と
は違う価値感に基づいてコメントします。
わたくし wrote:
>小指を曲げると薬指が曲がるし、薬指を曲げると中指も曲がる。
いちばん困るのは、薬指に連動して小指が勝手に動くことです。
なんでそうなるんじゃー。
鷲羽丸さん wrote:
> 突然ですが、皆さんは「手の小指だけを曲げる」ことができますか?
私はできません。
趣味で弦楽器を弾いていて、左手で弦を押さえるのですが、小指を曲げると薬指が曲がるし、薬指を曲げると中指も曲がる。
それも、ピョコピョコと大きく動いてしまうので(他の人は自然に曲げて動きも小さいのに)、一緒に曲がった指が関係ない弦をはじいてしまったりします。
(弦楽器をしない人には分かりにくいかも。すみません)
> もっとも、「小指曲げ」など、できても何の得にもなりませんが。
いえいえ、うらやましいですっ。
ちなみにうちの妹は、指の第1関節だけを曲げることができます。
だからどうということもないですが。
Mariaさん wrote:
> あたしは、普通の子どもとASの子どもに異なった教育法が必要だとは
>思ってはいません。「ASの子どもの場合、間違いや手抜きがより深刻な
>影響を及ぼす」だけの話なんだと思っています。
>
> あたしに言わせりゃ教育界の閉鎖性、教育体制の不備、教師の指導力不
>足・勉強不足といったものが出てるだけのことだと思います。少なくとも
>、現今の学校教育の見直しだけで対応できる部分はかなり大きいと思うぞ。
わたしの特殊教育に関する考え方から述べていきます。わたし自身は特殊
教育というのは、最初は一部の障害を認定された子供たちだけに適用される
ものであっても、最終的には教育全体に還元されるべきものだと考えていま
す。要するに特殊教育はその時代の普通教育がカバーできない領域を扱うも
のなのですが、普通教育がその領域をカバーできるようになったら、その時
点で問題を普通教育の場にお返しするという性質のものなのではないかと思
っている訳です。
で、現時点の普通教育においてAS児に対応できる教育がなければ、それを
まずは特殊教育の場で試行錯誤していくというのは間違っていないのではな
いでしょうか?ただし、問題なのは特殊教育に下駄(問題)を預けてしまえ
ば、それで問題が終わったと勘違いされてしまう場合があることです。
以上のことから、わたしは将来的には普通教育の場で生かされるという条
件の元でならば、AS児向けの教育方法が試行錯誤されることは妥当と考えま
す。
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© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami