アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
gon・zoさん wrote:
> この点、男性は可哀想と思います。仕事上では大いに迷惑をかけることになるでしょうから。家族の生活もかかってくるので、もっと重いでしょうね。
こんにちは。
すみません、説明が足りなかったような気がして、昨日の続きを書いてみます。
↑上記の部分に引っかかりました。言葉が適切かどうか判りませんが、「視点」を変えてみてはいかがでしょうか?「仕事上の迷惑」「家族の生活」の重みを持っているのは、なにも「男性」だけとは限りません。「女性より男性のほうがより重い」とお考えになるのは自由ですが(確かに現代社会ではまだそういう考えかたが主流だということは、わたしも認めます)、別方向から見てはいけないということでもないと思うのです。
「記憶力の低下によって失われた能力」についてより建設的に考えるには、「自身が背負わなければならないと思うこと」を全部(思いつく限り)書き出して、ひとつひとつを検証して優先順位をつけ、順位の低いほうからひとつふたつとはずしていったらどうでしょうか? わたしはそれを意識してやっています。
「はずす」というのは「責任を持つことをやめる」「ほかに肩代わりしてくれる人を見つけて、その人に任せる」というようなことです。
長い時間をかけて獲得した能力を手放すことが嫌で、すべて持っていなければ気がすまないという「強いこだわり」を持っている場合(健常者にだって、そういう人はいます)はむずかしいかもしれません。けれど、また長い時間がかかってもいいからひとつずつ「はずして」いく気持ちを持つように努力してみるのも大切なのではないかと思います。
誰でも年はとります。「老いる」にも個人差がありますけれど、いつかは「能力の衰え」を実感せねばならない時が来るでしょう。それが人より早いか遅いか・意識するかしないかも、個人の自由ですが……。
> 昔は通用した、精神と頭脳のアンバランスさが、「おじさん」になると、可愛くも何ともなくなることが一つにはあるのかも知れません。なんか、見ていて可哀想になります。
たくさんたくさん慰めてあげて下さい。「将来への不安」から来る二次的な症状の「神経症」や「うつ病」を発症しないためにも。
これのほうが重要です。中年以降の神経症やうつ病は、深刻な事態になる確率が高いです。特に「強いこだわり」や「ストレス」がある場合はなおさらです。
> 子どもの成長をみていて想像するのですが、ある時期「なぜ、こんなことがわからないのじゃ!」と思えるようなことがあるとします。例えば、「自分の髪を自分でとかす」といったような、普通に暮らしていて普通にわかること……
> ずっと解らない時期があって、ある日のある瞬間、突然出来るようになります。こういうことはよくあります。端で見ていると、不思議なのですが、子どもにとっては色々な経験が積み重なって「!」と言う瞬間なのです。
これは大人にもあります。
わたしなんかは一生「!」の連続なのじゃなかろうかと思いますね〜(苦笑)。
ご自身を含めてご家族皆さんのこれからの人生を大切になさってください。
みなさん、質問のレスありがとうございます。
>みちるwrote:
> が、はたと気が付いたのですが、「更年期」なんでは・・・。
>そろそろ、症状が出始めているのだと思います。
>私の場合は一時的なストレスで症状がいっきにでたらしいのですが、漢方薬や
>ホルモン剤で治療し、今はかなり良くなっていました。
>でも、また、疲労とストレスできわどいところへきています。
>だるい、つかれる、肩こりといったようなことから記憶力のほうへ出現しますの>>で
>それらも含めて治療されるといいのでは。
この可能性もあるでしょうね。ASの人が更年期を迎えたときどうなるか、っていうのも知りたいところです。
>あさかぜwrote:
> 自分自身に関しては、人に迷惑をかけたり損害を与えたりしなければ、「忘れた>ことで衰えた能力」は受け入れています。
> もともとが「情報処理スピードが極めて遅い」人間だったので……うまく言えま>せんが「世の中の変化のスピードが速すぎて、とてもついていけない」と日々感じ>ていますから、さらにそこに「衰え」が加わったところでたいした違いはないので>す。
この点、男性は可哀想と思います。仕事上では大いに迷惑をかけることになるでしょうから。家族の生活もかかってくるので、もっと重いでしょうね。
>銀八wrote:
>私は今年44歳になった男性です。記憶力が劣ったという意識は今のところ
>あまりないのですが、記憶していることを探し出す作業が極端に遅くなりま
>したです、はい(~_~)
> (略)
>あ、記憶力というのは思い出す能力も含めるのですか?
>だとしたら、私も極端に低下していますね。
思い出す能力の低下ですか。それもあるのでしょうね。
実は、本人ではないので、詳しいことは解らないのですが、とにかく「昔出来たことが、最近急にできなくなった」と嘆いております。年齢は銀八さんとほぼ同じくらいです。
昔は通用した、精神と頭脳のアンバランスさが、「おじさん」になると、可愛くも何ともなくなることが一つにはあるのかも知れません。なんか、見ていて可哀想になります。
私はこんな感じかな?と思っています。あくまでも推測ですが。
子どもの成長をみていて想像するのですが、ある時期「なぜ、こんなことがわからないのじゃ!」と思えるようなことがあるとします。例えば、「自分の髪を自分でとかす」といったような、普通に暮らしていて普通にわかること……
ずっと解らない時期があって、ある日のある瞬間、突然出来るようになります。こういうことはよくあります。端で見ていると、不思議なのですが、子どもにとっては色々な経験が積み重なって「!」と言う瞬間なのです。
絵を描いていて、「髪の毛が耳の上にもあること」、「後ろから見た時は首の付け根よりちょっと上まで髪が見えること」(男は)、「額の髪の生え際から、髪は地面に向かって伸びていること」などを教えられてはじめて知ります。そして、自分の頭を触ってみて、「あ、ほんとだ!」と言うことになります。(他の人を見て、自分にまで普遍化できないのがミソです。男でよかった、女だと難しくて説明できない。)
別の機会で、「分数の概念」を知るとします。また、「耳というのは、だいたい横顔の中心1/2くらいの所にあり、つむじというのがあり、耳と耳を結んだ真上にあること」など、を教えられて知ります。また、「重力の法則」を知って、物は地球の中心に向かって落ちることを学ぶとします。
また、「世の中にはパーマといって髪を人工的にカールさせる方法があること」を知ります。また、「髪をはねさせることも、おしゃれの一つだ」と言うことも教えられます。でも、「子どもは天然パーマ出ない限り、ほとんどの子は直毛だ」ということも知ります。
その他、「ブラシの持ち方や向き」、「手が届かないところは持ち替える」など、色々な知識が積み重なって……それまで、何度教えても、おきたままの「おはよーセット」で毎日髪型が違ってたのが、色んな情報がつながり、ついに「なんだ、こうすればいいんだ!」と頭で理解して出来るようになります。
あー疲れた。と一つ例をあげるとこんな風で、どんな小さなことでも教えられるまでは解らないことが多いです。
ある新しいことが出来る様になるのに、小さな情報が結合される必要があるのです。それを記憶力で穴埋めしています。各々の情報に対する記憶力と、それを結びつける記憶力、その両方が必要だと思います。
うちの大人の場合は、そのどちらか、あるいは、両方の記憶力のキャパが限界に来ているみたいです。積み重なって、限界に来ているのか、キャパ自体が小さくなってきているのか、解りません。
そういえば、中年以降のASの状態って、どうなるんでしょうね。どなたかそんな文献をご存じですか?
>みちるwrote:
>
>私は今年44歳になった男性です。記憶力が劣ったという意識は今のところ
>あまりないのですが、記憶していることを探し出す作業が極端に遅くなりま
>したです、はい(~_~)
>TVタレントの名前が出てこなくて、悔しい思いをしながらTVを見ている
>ことも多いです。話の筋よりそっちの方が気になったりして。
>あ、記憶力というのは思い出す能力も含めるのですか?
>だとしたら、私も極端に低下していますね。
みき wrote:
> はじめまして。みきといいます。小さい頃に自閉症の診断は受けているそうです。(親から聞きました)
> 突然ですみません。
> わたしは自分に向かって話し掛けられていることが分かりません。その人がわたしの顔を見て話していてもわたしに対する言葉なのかどうか分からないのです。だから、よく「話を聞いていない」とか「ぼんやりしている」とか「無視している」と言われます。わたしは全然そんなつもりはありません。
私も朝起きたばかりのときとか、緊張を伴うような作業をしたとき、相手がいきなり話しかけてきたときに、そうなってしまいます。
この状態は、恐らくは脳の「脳幹網様体」「視床非特殊核」というところの不具合によって生じているのだろうと思います。これらは互いに連携して、耳から脳へ聴覚神経を通じて入ってくる聴覚情報を振り分け、重要で注意すべき音はどれであるかを決定する作業をしています。
いま仮に、A君という小さな男の子が、ちゃぶ台においていたみそ汁をひっくり返してやけどをしてしまい、「ママー!」とご飯をよそっているお母さんを呼んだとします。お母さんの耳には、テレビのワイドショウのひいきのタレントのインタビューの様子が入ってきています。
そこへA君の声が飛び込んできます。音は内耳で聴覚刺激に置き換わり、聴覚神経を通って脳幹網様体に入ります。脳幹網様体が「これはA君の声だ!」と悟ります。脳幹網様体は、「A君に何か起きたに違いない、どうしているのか見なさい!」という指令を視床非特殊核に送り、視床非特殊核はお母さんの意識をタレントの声からA君の声の方へ切り替えるように、脳全体に指令をだし、お母さんはAくんの方を振り返ることになります。
ASの人はよく「共感性にかける」「話を聞いていない」と非難されますが、おそらくこの機構すなわち「指向性注意の中枢」の許容容量が少なく、そのためくどくどと長い間叱られたり、たくさんの用事を一度に言われたりしたとき、ある種のパニックになってしまい、そのような妙な感覚に襲われるのだと思います。
みきさん wrote:
>はじめまして。みきといいます。小さい頃に自閉症の診断は受けているそう
>です。(親から聞きました)
みきさんへ。はじめまして。『アスペルガーの館の掲示板』へようこそ。
>突然ですみません。
いえいえ。遠慮する必要はありません。あたしはみきさんを歓迎します。
あたしは、そしてたぶん『アスペルガーの館』の管理人さんおよび掲示板メンバーの皆さんも、好ましからざる人物がこの掲示板に闖入してくるリスクよりも、真にこの掲示板に迎え入れるべきひとがここを訪れないリスクを排除しようと考えています。
> わたしは自分に向かって話し掛けられていることが分かりません。その人が
>わたしの顔を見て話していてもわたしに対する言葉なのかどうか分からないの
>です。だから、よく「話を聞いていない」とか「ぼんやりしている」とか「無
>視している」と言われます。わたしは全然そんなつもりはありません。
まず、あなたにだけ原因があるわけではない、ということを理解して下さい。
あたしの見るところ、話しかけている相手の態度にも、かなり問題があります。
言語理解というものは、話す側に「わからせたい」、聞く側に「わかりたい」という意志があってはじめて成立します。その場合、話す側は、聞く側の「わかりたい」という意欲をかきたて、同時にその意欲に応えるために「わかりやすく話す」という努力をすることが、社会的に期待されます(つまりは「礼儀」とか「配慮」とかいったものです)。
ひょっとしたら、あなたに「相槌をうつ」「相手の言ったことを要約し、自分なりの言葉で相手に示し、確認を取る」といったアクションが欠けているのかもしれません。
しかし、普通は、誰かに話しかけるときは、
「おーい、Maria」
「はぁーい」
「辞書マスターのフロッピー、どこにやった?」
「CDにコピーしたんで、廃棄しちゃいましたぁ。CDの正本は『アーカイブ』の箱に、副本は貸金庫に預けてありまぁーす」
「動詞だけ最新の見たいんだけど、どっかにないかね?」
「あたしのマシンの『開発』の下の『辞書データ』の下のvarb.tsbがそうですけど」
「ダンケ」
「どういたしまして」
みたいな形で、
「一つの情報ブロック(これをテュープルといいます)の始めと終わりが示される」
「一つの働きかけに対して、それに応じた反応がある(これをトランザクションといいます)」
「そういった対話における、約束ごとがある(これをプロトコルといいます)」
といったことが、守られていなければなりません。
あなたに話しかけている人は、そうした配慮を欠いているのではないでしょうか。
「すみません。もう少しゆっくりと、はっきり、わかりやすく、一つ一つ確認を取りながら、話していただけますか?」と言ってみるといいかもしれません。
あたしがアメリカに出張したときに、電話口でいきなり早口の英語でまくしたてられて辟易したことがあります。そういうときに、この方法は有効でした。
>他にも言葉の表現の幼さや感情表現のなさが原因になって、トラブルを起こした
>ことがあります。
繰り返しになりますが、必ずしもあなたにだけ問題があるわけではないと思います。
> 人はどのようにして自分に対する言葉かどうかを判断しているのでしょうか?
それに関する明確な答えをあたしは持っていません。
けれど、社会生活においては、「私はあなたに語りかけているのですよ」ということを相手にはっきりと意志表示する、というのが礼儀だと思います。
あなたにはあなたの名前が(たぶん)あるのですから、それを呼んでもらえばいいだけの話です。
「おい!」とか「ちょっと!」とかいった態度は、失礼です。
犬や猫だって名前くらい呼んでもらえます。
(Maria)
こんばんは。思いっきり横レスです。
あさかぜさん wrote:
> なんだか長いことくしゃくしゃと考えていたことが、ストンと胸に落ちました。
>「そっか〜、わたしってASじゃなかったんだな〜」と納得できました。そのきっかけを与えてくださった言葉が、上記の「健常者」です。これはひとことお礼を言わねばなるまい!と思いましたので……ありがとうございました。
>
> しかし、なんだなぁ……『アスペルガーの館の掲示板』における”貴重な”「健常者」メンバーっつうのは、「あたしゃ、希少動物かい?」みたいな気分になりますですな〜。(爆笑)
>
障害者か健常者か、というと私も多分健常者の方に入ると思うんですけど(日常生活にあまり支障がない)、さて、ではどのあたりにいるんだろうとなると、悩んでしまいます。レッテル付けなんてどうでもいいのかも知れませんが・・・。
>
> わたしは時々「自己コントロール」を失ってしまいます。そのためにカキコの配慮も怠ってしまい、多くの皆さんに不快な思いをさせたのではないかと思います。大変な失礼を働いたように感じます。申し訳ありませんでした。
>
私もいろいろとんちんかんなことを言っていますが、ここは話の内容をちゃんと聞いてくれる場所です。もっとも、言葉の使い方を間違えたり勘違いしてたら鋭く指摘されちゃいますが(笑)。でもそれも助かっています。
「素直になるってどういうこと?」「文章の書き方」など、とても丁寧な返事をもらって感激しました。(そういえば、私ちゃんとレス返してないですね。すみません)
こんなこと書いたら変かな?と思っても発言してみて、その反応でいろいろ(自分は何者か、ということ含めて)分かることってあると思います。
やっぱり、発言してみなきゃ損ですよー。
私はまだ自分探しの途中です。
30歳過ぎても青春真っ只中??のやんちゃんでした。
gon・zo wrote:
小さいときから頼りの綱であった「記憶力」がこのところ(中年に及び)極端に低下してきたという。
>■そのような悩みをお持ちの方、いらっしゃいますか?
>もしいらしたら、ちょっと聞かせて下さい。
gon・zoさん、こんばんは
私は今年44歳になった男性です。記憶力が劣ったという意識は今のところ
あまりないのですが、記憶していることを探し出す作業が極端に遅くなりま
したです、はい(~_~)
TVタレントの名前が出てこなくて、悔しい思いをしながらTVを見ている
ことも多いです。話の筋よりそっちの方が気になったりして。
あ、記憶力というのは思い出す能力も含めるのですか?
だとしたら、私も極端に低下していますね。
武田好史 wrote:
> あなたが思うところの、「これは自閉症の文化である!」ということは、どんなことですか??
好奇心であると思います。いろいろなことについて、「知りたい!」と思うことです。もっともそう思っているのは、私だけかもしれませんが・・・でもこれがあるから私は今まで生きてこれたと思います。
はじめまして。みきといいます。小さい頃に自閉症の診断は受けているそうです。(親から聞きました)
突然ですみません。
わたしは自分に向かって話し掛けられていることが分かりません。その人がわたしの顔を見て話していてもわたしに対する言葉なのかどうか分からないのです。だから、よく「話を聞いていない」とか「ぼんやりしている」とか「無視している」と言われます。わたしは全然そんなつもりはありません。他にも言葉の表現の幼さや感情表現のなさが原因になって、トラブルを起こしたことがあります。
人はどのようにして自分に対する言葉かどうかを判断しているのでしょうか?
Tienさん wrote:
>ただ、ひどい方向音痴なのですが、そういう方いらっしゃいますか?
>どうしても、俯瞰図というのか鳥瞰図というのか、全体的な地図&地理の流れを
>理解する仕組みは欠落しています。
>
>しかし、人の顔は異常なくらい覚えています。
こんにちは、Tienさん。
わたしは方向感覚は良い方です。「地図が好き」と言うほどではありませんが、見るのは苦になりません。
ぼ〜っとしていて道を間違えることもよくありますが、まったく知らない道に迷い込んでもさほど不安にはならず、自分の感覚を頼りにして進めばたいてい何とかなってしまいます。
逆に、人の顔は覚えが悪いです。「顔は見たことがあるけれど、どこの誰さんだか思い出せない」という意味ですが。
一番ひどい経験は高2の放課後で、挨拶して通り過ぎた人が誰だったかわからなくて友人に尋ねたら「あんた何言ってんの?一年の時同じクラスだった○さんじゃないの」とあきれられてしまったことです。
注意欠陥傾向だったかな〜と感じるエピソードのひとつです。
>ぴよ wrote:
>>「自分がどのように見られているか」が、わからないんです。
>補足すると、私の場合は、
>「読んでいる人の目に自分がどのように映っているかが、とても気になる。
> でも、それが想像つかないから、困ってしまう。」
>という感じです。
気になる事はよくありましたが、いつも気にし過ぎだなあと思って自己嫌悪してました。悪いのは「必ず」自分だと言う感覚が抜けなくて。それもあってあまり書けない(主張できない)のかもしれませんね。
それって男女関係無いジャン……いまさら気づきました。すいません。
ミッドランドさん wrote:
>Tienさんwrote:
>
>>ただ、ひどい方向音痴なのですが、そういう方いらっしゃいますか?
>>しかし、人の顔は異常なくらい覚えています。
> 僕はTienさんとまったく逆です。
> 僕は地図を見ただけで、今自分がどこにいるのか、目的地にはどの方向へ行けばいいかがわかります。
> しかしその反面、人の顔はなかなか覚えられないのです。親密に顔をあわせないと顔と名前が一致しません。
> 大学の頃、必修科目のクラスは4年間一緒だったのに、ついに全員の顔と名前を覚えられなかったぐらいなのです。
私は地図を見るのが好きです。自分の部屋には、3冊の地図帳が置いてあります。地図を見ていると、気持ちが落ち着きます。でも、私は方向音痴です。
人の顔は覚えられません。家族の顔さえ、覚えられません。服装や髪形は比較的よく覚えています。というより、服装や髪形でその人が誰か、覚えているようです。
ぴよ wrote:
>「自分がどのように見られているか」が、わからないんです。
補足すると、私の場合は、
「読んでいる人の目に自分がどのように映っているかが、とても気になる。
でも、それが想像つかないから、困ってしまう。」
という感じです。
名加野さん wrote:
> 同じですね。それで止まらなくなって、最後には自爆……の傾向が。(苦笑
>自爆願望なのかなあ……洒落にならないけれど。ぴよさんもそうですか?
私の場合は、自爆するつもりはないのですが、
やりすぎちゃうことがよくあります。(汗)
「自分がどのように見られているか」が、わからないんです。
ぴよ wrote:
>「書かないときは、ぜんぜん書かない。書き出すと、止まらなくなる。」
>そんな感じです。
同じですね。それで止まらなくなって、最後には自爆……の傾向が。(苦笑
自爆願望なのかなあ……洒落にならないけれど。ぴよさんもそうですか?
名加野さん wrote:
>>質問1.
>> なぜASの男性は発言しないのか。
>
> 僕の場合、発言したがりやですが、ちょっとでも拒絶されると途端にやる気をなくすタイプなので、会話に入っていきづらいと言う事があります。結局狙いすぎて失敗するんですけれど……拒絶されたくない人は元から書けないということもあるのではないのでしょうか? ……なにかちがうなあ、良い言葉が思い浮かびません。
#「男性だから」かどうかは、わかりませんが。。。
私も、似たようなことがいえます。
この掲示板で、いちど、
「取り返しのつかない失敗」をしてしまったことがあり、
その後、どうも書きづらくなってしまったのです。
「書かないときは、ぜんぜん書かない。書き出すと、止まらなくなる。」
そんな感じです。
遅くなりましたがレスします。
Maria wrote:
>質問1.
> なぜASの男性は発言しないのか。
僕の場合、発言したがりやですが、ちょっとでも拒絶されると途端にやる気をなくすタイプなので、会話に入っていきづらいと言う事があります。結局狙いすぎて失敗するんですけれど……拒絶されたくない人は元から書けないということもあるのではないのでしょうか? ……なにかちがうなあ、良い言葉が思い浮かびません。
>質問2.
> 自分で、「『どっちでもいいこと』が決められない」と思います?
絶対決められません。
> 「『どっちでもいい』んだったら、どっちでもいいんじゃない?」
> 「そうなんだけど、やっぱり『どっちでもいい』というと決められないんだよ」
> こういうタイプって、ASに多い……というか、ASの本質ってこういうところにありそうな気がします。それが「AS特有のこだわり」に見えるのかもしれない。
僕の場合、すごく分かりやすい差を付けた2択なら決めるのはたやすい(当たり前か)けれど、「どっちでも好きな方を選べ」といった質問は「全て」が「究極の選択(死語?)」に見えるわけです。だから心を削りながら決めて、結局後悔するんです。「選択」=「人生の分かれ道」に見えます。
> 「喫茶店で食事をするときは、必ずピラフ」とか、「カレー専門店では必ずチキンカレー」とか、「町の定食屋だったら必ずカツ丼」とか、そういった明確な「ルール」を持っているひとって多いような気がします。そうすると、迷わなくてすむから。
確かに……だから飯食うなら「ガスト」なのかなあ「安い」し「どれ食っても同じ」だから……(ごめんなさい、一応誉め言葉です)
横レスでごめんない。
> 僕は地図を見ただけで、今自分がどこにいるのか、目的地にはどの方向へ行けばいいかがわかります。
> 方向感覚はよいほうです。何せ、旅行で初めて足を踏み入れた地でも、平気でふらりと歩き回れて確実に宿まで戻れるのですから。
わたしもでーす。一度とおった道は絶対忘れません。よく地図を見ても間違う人がいますが、(ごめんなさい。悪い意味じゃなくて)何故だろうっておもっていました。ただ、何も目標物がないと覚えずらいということはあります。
>
> 僕の方向感覚がいいのはこの「地図好き」からきているような気がします。地図を「難しい」と思ったことなどないのです。なぜか自然に理解できてしまうのです。(謎!)
私も地図好きですね。そう同じように自然に理解してしまうのです。
謎ですよね。
> しかしその反面、人の顔はなかなか覚えられないのです。親密に顔をあわせないと顔と名前が一致しません。
> 大学の頃、必修科目のクラスは4年間一緒だったのに、ついに全員の顔と名前を覚えられなかったぐらいなのです。
>
> 本当に、なんなんだろう??? ミッドランド
不思議ですね。
私は人の顔は覚えているタイプです
でもなんでも覚えられる訳じゃなく、今仕事している損害保険の用語は覚えられません。病気、怪我、薬の名前はすぐ覚えていて忘れないのに。
人間って不思議。だからおもしろいかも。
みちることなおみの夢
名加野です。またまたレスいたします。
ミッドランド wrote:
> 僕は地図を見ただけで、今自分がどこにいるのか、目的地にはどの方向へ行けばいいかがわかります。
> 方向感覚はよいほうです。何せ、旅行で初めて足を踏み入れた地でも、平気でふらりと歩き回れて確実に宿まで戻れるのですから。
僕も方向感覚はいいほうです。確実ではないですが迷いません。また、迷ったとしても、歩いていけば必ず出口が開けると思っています。
> 僕は子供の時分から地図を見るのが大好きで、幼稚園の年中の頃に地図記号と日本の47都道府県を覚えてしまいました。小学校、中学校、高校と授業で使う地図帳が段階的にグレードアップしていくのも、新しい興味をそそりました。
> 今でも暇なときは地図帳を手にとって、パラパラと眺めています。地図帳が愛読書と言ってもいいくらいです。
僕はあまり面白いとは思えませんでした。だって見てるだけだと行った気がしないものですから……
> 僕の方向感覚がいいのはこの「地図好き」からきているような気がします。地図を「難しい」と思ったことなどないのです。なぜか自然に理解できてしまうのです。(謎!)
必要なとき以外は見ていて面白くないですね。逆に情報が大きすぎる気がします。行きたい所と限定すれば面白いのですが……でも行った所は必ず覚えます。だから未だに地名だけ言われても日本のどこなのか分からなくなったりします。
> しかしその反面、人の顔はなかなか覚えられないのです。親密に顔をあわせないと顔と名前が一致しません。
> 大学の頃、必修科目のクラスは4年間一緒だったのに、ついに全員の顔と名前を覚えられなかったぐらいなのです。
同じです……やはり40人は多いでしょう。
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