アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
るおう wrote:
>武田好史 wrote:
>>ゆうろ wrote:
>> 君が暗くなったり・悲しんだりしてれば、周りの人も暗くなったり・悲しくなるよ!君を非難したり・怒ったりするのは、それに耐えられなくなってしまうからだよ。
>
>その前に、本人が生きていけないほどの辛さをかかえていて耐えられなくなって
>こうやって書き込みをするしかやっていけないほど迫られているんです。
>
>私だってそうだ
それはそうかもしれない・・・けどいつまでも泣いてばかりいては、幸せは逃げていくばかりだよ。
僕もその典型さ。やりたいことを上手できない自分に腹が立つよ。荒れるよ。
けどそうしてみても、結局自分で自分を惨めにするだけだった・・・・。今はすっかりうらぶれて、1人の友達もいないさ。定職すらもってないさ。ただのでくのぼうさ。
だから決めたよ!この先の人生、自分の良いところを見直しながら、生きようってね!
かおり wrote:
>「孤高」の人になりたいとも思ったことがありますが、「孤高の人」ってどんなひとだろう???仙人とか、隠者とか、霞を食べて生きられれば食費が本代にまわせるのに、とても仙人になれない事を考えたり。
いいですね、いいですね。
孤高の人に、なりましょう。
どうして、みんなは、一緒にお昼を食べたいなんて言うんでしょうね。
ああ、うざったい!
屋久島の森に行って、こだまか仙人か屋久杉になれたらいいなあ。
ひま人さん wrote:
>「なべつかみ」ですか!? 取っ手の部分のことですか?
坂本廣子著、『ひとりでも安心手料理 【炎のない蝶理のすすめ】』(「坂本廣子のがんばれひとりのごはん」シリーズ第一巻、農文協、1300円)という本がありまして、その中に現在普及しているミトン型のなべつかみはあまり使い勝手がよくなく、単純な四角いパッド型か、「へび」のような恰好をしたなべつかみが使いやすい、という記述があります。
中華鍋を使った大火力の炒めものなんかだと、確かにこの「なべつかみ問題」は切実なわけですよ。ですから、ちゃんとした「なべつかみ」というものが欲しいと思っていたわけです。
ところがです。世間の皆様はこういった問題に無関心なのですね。で、この「なべつかみ問題」に正面から取組んだ例というのも、あたしは知らないんですよ。
「やかん」に関しては、エバーウェアのやかん(2リットル)を愛用しています。電磁調理機で使えない、という欠点を除けばほぼ満点です。和包丁は木屋のコスミック団十郎、洋包丁は同じく木屋のエーデルワイス……といった具合に満足のゆくものが手に入るんです。ところが「なべつかみ」に関しては、おそらくは「プロが使わない」ものであるがゆえに、ちゃんとしたものが手に入らない。
ここにあたしは「専門性」というものの罠を見てしまうのですね。専門家は専門家であるがゆえに「素人」を排除してしまいます。AS児のお母さまがたが、教師に、あるいは医師に、意見を述べることは非常に難しかったりします。だけど、教師や医師がアASというものをどれだけ理解しているかというと、怪しいものなんですね。
つまり、「素人」、すなわち「今現在苦しんでいる人間」であるお母さまがた(なぜ父親が入ってないかというと、あたしは父親だという人から相談のメールを貰ったことがないからだ。ふんっ!(←ちょっと怒ってる))や、ご本人さんの意見というのが、いわゆる専門家の意見に対して低く見られる、という事実があるんですね。
これは、医学そのものの成立ちから来ているという意味で、ある意味どうしようもないことです。たとえば「ペイン・クリニック」なんていうものができたのは「ごく最近」と言っていいし、「インフォームド・コンセント」なんていう考え方も、実際問題としてお題目の粋を出ていません。「そんなことはない。今の医療はちゃんとそこまで考えている」みたいなことをいう医者がいたならあたしの前に連れてきなさいっ! いま現在、病院で患者が実際にどんな扱いを受け、どんだけ傷ついているかを教えてやるっ!
……ちょっと興奮してしまいました。ぜぇぜぇ。はぁはぁ。
そんなわけで、あたしは「教師だの医者だのは頼りにならん」と納得しました。とはいえ公教育は教師の専売特許だし、医療行為は医者の専売特許です。保育所だって似たようなもんです。
だ・か・ら、あたしは発達障害児童のための教育プログラム、「『正常な児童』の学習の妨げになる児童を隔離するための制度」みたいな役割を不本意にも担わされちゃってる特殊学級や擁護学校ではない、「『通常教育』への参加を前提とした、『予備校』あるいは『訓練校』としての教育機関」、あるいはそれに代わる家庭内におけるCAIシステムというものの開発、というのを第一の目標としているのね。
でまあ、そういういろんなものの実現にはまだまだ時間がかかる(『「どうでもいいこと」が決められない。』だって、まだ半分も書きあがってないのにー!)ので、とりあえずその象徴みたいなものとして、「なべつかみ」というものがあったりするわけです。
過去ログを見ていただけると、お分かりになると思います。いろいろあるんです。じつは。
なべつかみの女王 Maria
武田好史 wrote:
> 不毛で冷たい心を花が咲くやさしい心に変える第一歩だよ。
watasiはあなたのことを不毛だとはおもっていませんから
ひま人 wrote:
>この掲示板をご覧の方で、精巧な画像を制作できるひとはいませんか?
>ASの抱える問題について論議するのは結構ですが、われわれ自身の楽しみを増やすことも考えましょう。
>というわけで、特異な感性をもつASやAT(アスペルガーテンデンシー)の方々
>のために、われわれがもっと深く感動できるようアレンジされた作品をなんとかして提供できないものかと考えているのです。
>②個人差をどう調査把握し、どこに妥協点を設定するか?
>ボランティアか、ASの方で注文に応じた画像作品を提供してくれる人がいれば、
>とりあえず①の問題は解消します。
うーん・・・例えばの話で、第一歩にASの人たちの写真・絵画展なんてどうかな?そうすると、我々の中での個性も良く判るし、一般の人たちにも我々の持ち味が伝わると思うが・・・
Maria wrote:
> なべつかみ。
>
> (Maria)
「なべつかみ」ですか!? 取っ手の部分のことですか?
ところで、サンプル画像です↓
http://www.tsubakimoto.co.jp/products/pt/pt02.html
なべつかみ。
(Maria)
この掲示板をご覧の方で、精巧な画像を制作できるひとはいませんか?
ASの抱える問題について論議するのは結構ですが、われわれ自身の楽しみを増やすことも考えましょう。
というわけで、特異な感性をもつASやAT(アスペルガーテンデンシー)の方々
のために、われわれがもっと深く感動できるようアレンジされた作品をなんとかして提供できないものかと考えているのです。
主な問題はこれらです。
①お金(代金)のこと。
②個人差をどう調査把握し、どこに妥協点を設定するか?
ボランティアか、ASの方で注文に応じた画像作品を提供してくれる人がいれば、
とりあえず①の問題は解消します。そういう方がいない場合は、会員制にして入会したそれぞれの人たちに少々の代金を支払ってもらって、その代わりに作品を入手するというのでどうでしょうか。
②は、とにかく当事者の人たちから教えてもらわないと分からないので、興味のあるひとは自分の好みについて発言してください。
抽象的で、何のことか分からないという方がおられるかもしれないので具体的に説明しますと、たとえば、
リンコさんは幼児期に自転車の車輪をくるくる回して眺めるのが好きだったと回想していました。
「私の障害、私の個性」には、「私の自転車をひっくり返し、車輪を回して、回しつづけた、」という一節が出てきます。
このように、「それ本来の機能を無視して、特定の部分に魅了される」というのがASの特徴です。
自転車というのは本来人が乗ってどこかに移動するためのものであって、車輪を回転させて眺めるために作られたのではありません。また、芸術作品やオブジェ、各種のデザインも、大多数の健常者の感性を基準にして作成されたものです。視覚的な情報処理に特異な障害(あるいは偏向?)があると類推されているASにとっては、健常者とは異なった場所に最大限に感動できる地点があると考えています。
とすると、ASの人たちがより深く感動できるためにそれ専用に作成された商品があってもよさそうなものです。
品目は多岐にわたるでしょうが、とりあえずCG画像のようなものから始めてみるつもりです。
リクエストを募ります(この掲示板を利用させてもらいます。よろしく)。僕は私は俺は、これこれこのような対象に魅了されますというのを教えてください。
例。印象派的な風景・メカニカルなもの(歯車・鉄道車輌の台車・自動車やバイクの機構等)・回転物・渦巻き模様・宇宙空間や惑星・滝・
【こだわりグッズ制作工房】
るおう wrote:
>あさかぜ wrote:
>
>> 「人に指示を受ける」ことによって「やろうと思っていたことすら、やる気をなくしてしまう」人間も、存在するのだと知っておいていただきたくて書きました。
>
>小さい時の私は特にそうでした。それでよくむかついていました。その頃。
>これってアスペの特長なのだろうか??
>
>今もそうかな。。とくに関係のない、、70代くらいの、あまり人の気持ちを考えないような人からいわれると。。もう絶交な気分になります。
これは提案者さんのことをいっているわけではないので気にしないで下さい。
ちょっと昔のことを思い出したからです。書いたのは
提案者さん wrote:
>実験して、何か起こったか、起こらなかったか、
>またここの仲間で報告してみないかい?
十代前半のころ手作りのプレゼントをして、それを毎日大事そうに使っている父の姿を見て、とても恥ずかしい思いが残りました。
四十代半ばになっても覚えているところをみると、ものすごく恥ずかしかったということでしょう。
父の日が近づくと、毎年母から電話がきます。「父の日には、電話くらいよこすんでしょうね? 何か考えてあるの?」
わたしはASではないかもしれないけれど、母にとっては「手のかかる子供」であり、それは母が七十歳を越え、娘のわたしが四十五歳になっても、相変わらずのことなのです。
ご提案のお気持ちはわかりますが「人に指示を受ける」ことによって「やろうと思っていたことすら、やる気をなくしてしまう」人間も、存在するのだと知っておいていただきたくて書きました。
ご気分を害されたようでしたら、誠に申し訳ありません。
ゆうろ wrote:
>殺人を犯しても罪の意識を感じない心のないサイコパスと言われる人種
>彼らは、なんのために生まれてきたのか
>
>自分もそうなのかな 利己主義 無責任 悪知恵
>
>あんなひどい事はするわけないけど、気持ちが揺れ動かない
>
>実感できない 自分をもてない 夢の世界から抜け出せない
>
>時間がとまっている 時間は心が創る
>
>過去の記憶がランダムにばらばらに浮ぶ ボケなのか
>
>夢にはいつも小学時代の友達がいる
>
>毎日、なにもなく同じ日がつずく 仕事もせず 遊ぶ能力もない
>
>昔はよかったなあ 元気だったなあ はあ
>
>家のなか 寝たきりだったり 意味もなくおきる 変わらない
>
>ご飯だよー 食べる 終わる 無だ なにもない
>
>むなしい わたしは分裂病なのか 振りをしてるだけなのか
>
>ため息
>
>都会はすごい苦手 他人の目が気になる 自分はすごく場違いな感じ
>不自然 不審 陰湿 田舎者
>
>人前で堂々と携帯でしゃべれるのがすごい 自分もってるなあ
>
>みんな結婚して子供産んで親になっていってしまう おいてかれる
>自分はそんな意思がない 人間的に壊れている
>
>病気じゃないから直る可能性がなくて残念
>
>僕は人格障害者なのか? 精神科いってもお金とられるだけで意味ない
>精神障害者には意味有るが人格障害者は確認をするだけだろうから
>どうしようもなく、普通の人と同じ環境ですごさないといけない
ひとつ聞く!君の長所ってどんなところだい。こんなに自分の問題点が言えるということは、気を取り直してよく考えてみれば、たくさんの長所が見つかるはずだよ!探してごらん!
それが君が君らしく生きるための第一歩だよ。不毛で冷たい心を花が咲くやさしい心に変える第一歩だよ。
君が暗くなったり・悲しんだりしてれば、周りの人も暗くなったり・悲しくなるよ!君を非難したり・怒ったりするのは、それに耐えられなくなってしまうからだよ。
君が自信をもって・朗らかに生きていれば、周りの人も笑って幸せそうな顔をするよ。
鏡を見て笑ってごらん。
かおりさん wrote:
>Mariaさんの言ったことと自分がやっていることを考えるとわかんなくなります。
>わたしにもその人の役に立ちたい、その人の力になりたい、と思う人たちがいま
>す。「いつでも連絡して」、でも彼らに私は必要とされていませんでした。
「理解しようとする」「見届ける」なんていうのも、「相手のために何かをする」のうちです。
これって楽そうだけど、自分の弱さや無力さと向き合い、相手の苦しみと向き合うというのは、おそろしくしんどいことだったりします。
精神的な強さ、したたかさ、ある意味での残酷さといったものが、友人を作るには必要です。それがないと、相手を傷つけるばっかりになってしまいます。
焦んないことです。焦ると目先のことに惑わされてしまって、地道な努力ができなくなります。まず自分を見つめ、自分になにができるか考え、できることからコツコツと、を心がけるのがいいと思います。自信がついて焦りが消えてから、周囲を見渡してください。あなたの努力を理解し見届けてくれていたひとが、どこかにいると思います。
必ず成功するとは言いませんが、経験上、成功率、かなり高いです。
(Maria)
ミッドランドです。
この場に来てから、一ヶ月が過ぎました。自分の意見を出し、他人の意見を目にしてと意見交換を繰り返し、ようやく「自分が何なのか」がわかりはじめました。
しかし最近、僕は欲が出始めました。(と言ってもたいしたことではありませんが)それはどんなことかと言うと、
#「ASの人たちと会って、直接話がしたい!」です。
今まで生きてきて、僕は自分と同じような境遇の人間に一度も出会ったことがありません。もし出会えたならば、きっと素敵な関係をつくれたと思います。
僕は自分がASの可能性があることを知ってから、「人間関係」に対しての見方が冷めたものになってきました。非ASの人に僕の事情を説明しても、どれだけ理解されるか疑問に思うのです。
今の僕は、ASの人としか「良好な人間関係」を作れない状態です。
ですから、僕はASの人たちと直接会える場所を求めています。そこで自分の言葉で存分に話がしたいのです。
また、ASのお子さんを持つ親御さんにも、二、三アドバイスをしてみたいのです。
どなたかそのような場所をご存知の方がいらっしゃったら、教えてください。
他力本願でブシツケなお願いでしたか? ミッドランド
漢字の書き取りが苦手だった以外は、比較的得意だったというのが自分
なりの感想です。
本やラジオなどから蓄積してきた膨大なデータベースが頭にあるので、
一般に苦手とされている複数の語義もおおむね聞き分けできます。
(ただし、幼いころは馘首[くびきり]という言葉を聞いてギロチンで
飛んだ首のようなものをビジュアルに想像するなど、おもいっきり
自閉症的なことをしてました。今でも漫画になって頭に浮かびます。)
しかし最近「自閉症だったわご燭靴悄廚�燭�如��圓�斥佞琉嫐�鮗茲�
違えていたということを読み、私もたとえば「心畏」の第一義に「余計な
お世話」という意味を割り振っていたりすることに気づきました。
(しかし通常は、非自閉人向け辞書で応対するためほころびは出ないのですが。)
いかに言語能力が普通にあるように見えても、自閉圏障害者のそれには
どこか危うい所があるようです。
非アスペ(非自閉)の人は対人関係を処理するための専用回路が脳に付いています
ので、意識せずに交友関係を作れるのですが、我々自閉圏障害者にはその回路が
付いていませんから、意識的・努力的にでないと「交友関係」を作れません。
(いわゆる「こだわり」で結ゲ牡咾弔�愀犬砲弔い討蓮∧�┐淵廛蹈肇灰襪鬚垢�
飛ばしていきなり本題に入れるので、友人関係を作れたりします。)
つまり、非自閉人にとっても交友関係が「自然に(何もしないで)」できている
わけではありません。交友関係の形成は、細かく分析するとかなり複雑な作業
で、自動轍緩できるようなものではありません。いわゆる人工知能の類が
「友達」を作る過程がいかにトンチンカンかは、我々自閉人にもわかるくらい
ですから、そこには想像を絶するほどの複雑さがあることがわかります。
しかし、非自閉人には自動処理回路があるため、"意識しないでもできる"
という方がより正確な表現だと言えようかと思います。
どうもこんにちは。ぶちです。
また全然関係ないんですが・・・
かおり wrote:
>まさか「あなたは神を信じますか」でもないでしょうし、、前にそう聞かれた時は「『アスラン』を信じています」と答えてみましたが、解って貰えなかった、キリスト教徒のくせになどとはいいませんが。。。。
これってナルニア国物語のアスランですか?
だったとしたら、ちょっと楽しい・・・
Maria さんwrote:
>
> 以前、あたしは「友人とは、『迷惑』をかけてほしい相手のこと」と書きました。
> 最近は、「迷惑」と「お世話」の差ではないか、と思うようになりました。
>…………………………………………
> その人の役に立ちたい、その人の力になりたい、と思うひとが、あたしにとっての「友達」です。その人に嫌われたとしても、それでもその人のために何かをしてあげたい。
> >
> (Maria)
Mariaさんの言ったことと自分がやっていることを考えるとわかんなくなります。
わたしにもその人の役に立ちたい、その人の力になりたい、と思う人たちがいます。「いつでも連絡して」、でも彼らに私は必要とされていませんでした。その上、わたしのとった方法は彼らにとって重荷でしかなかったようです。その頃はわかりませんでしたが、「あなたのためにこんなに一生懸命やっているのに」みたいなMariaさん言うところのどうしようもない女になっていたようです。恋愛がらみでは無いのが救いですが。
彼らとの関係を普通に戻したいと思っても、もうるおうさんいうところの色眼鏡がお互いに掛かってしまって、何を言ってもやっても変に拗れているようです。
人間関係に疲れてしまった。
うさぎ年生まれの かおり
明日は、父の日。
ねえ、ねえ、やってみないかい?
今までしたことがなかった実験。
感謝してなくても、ののしられてくやしくても、勇気ある、権威ある行動。
頭がぼーっとしてても、そんなこと恥ずかしくてできなくても、
本心でなくても、目をまるくされても、無視されても、
生まれてこなかった方がよかったと思ってても、
本当は殺したいくらい憎くても、
人間として尊厳ある行動。
父の日のプレゼントか、カード、
嘘でも良いから「ありがとう」って書いてみないかい?
普通の人がそうするからではなくて、相手からの要求でなく、自分の意志で、
はじめてでも良いから、自分の存在をかけて父親になにかしてみないかい?
ばかばかしくても、なにか起きるかも知れない。
なにも起きなくてもいいじゃない。
見下されてても、相手より一歩先に行動してみないかい?
実験して、何か起こったか、起こらなかったか、
またここの仲間で報告してみないかい?
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© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami