アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
あさかぜさん wrote:
> 子供のころから、ちっとも変わっていないです。何の進歩もないわ。
>
> もうメチャクチャです。わたしはADDだと思います。45才だなんて。結婚して子供がいるなんて。とても信じられない。自分に正直に生きてこられたのなら、こんなふうになるはずはない……。
>
> ↑こんなこと言ってしまってごめんなさい。でも、ここでしか本心を言うことはできないんです。他の人に言ったって、わかるはずもない。わたしだって、一生大人になんかなれません。なりたくもないわ。
横レスでごめんなさい。
自分に正直に生きる…このことが、普通の人ですら難しいのに、私(たち)には輪をかけてそうなんだって思えます。(ことに、私たちは普通の人に基準を合わせて生きていかなければならない…。)ただでさえ、多少人と違うというだけで、異端視・排除される有様。どうして、皆と同じじゃなければいけないの?
その上、発達障害者っていうのは、なまじ外見が健常者と同じなだけに、余計外からはわかりづらい、ということが拍車をかけているようにも思えます。
なんか、答えにもなっていないレスですみません。でも、あさかぜさんのカキコ見て、考えさせられてしまいました。
(感覚だけは、21〜22歳のつもりのグルンサ)
ひま人さん wrote:
> 一日が24時間単位のため、計算がややこしい。なぜ一日を24時間に分けたのか?
正確にいうと、古代ギリシャ人が夜と昼をそれぞれ十二等分したのです。
> べつに一日を10時間としてもかまわない筈である。
10は2と5でしか割れないので、不自由だという意見があります。それで6とか12とかに落ちついたのでしょう。
> そして1時間を10分間とし、1分間を10秒にすればよかろう。それでは1秒間が長すぎるというのなら、1秒間の10分の1の時間単位を設定すればよかろう。
一秒というのはだいたい人間の鼓動とか歩行のリズムに一致するように取ってほしいように思います。そんなわけで、一時間を144分にして、12分の1時間(12分に相当)にあたる新しい時間単位を設けるのはどうでしょう。これは全天の百二十分の一だけ太陽が進む時間でもあります。
> しょせん人間がかってに決めたものである。ならばできるだけ単純でわかりやすいものにすべきであろう。
カタロニアでは、基数ではなく序数を使って時刻を表わします。つまり、一日の最初の一時間が「一番目の時間」です。ですから、日本でいう午前二時三十分は、「三番時三十分」になります。日本では「午前十二時五分」は「午後」ですが、カタロニアの「午前十二番時」は午前中です。
一月零日がないのに午前零時があるのも不自然といえば不自然です。
なお、聖書時代のイスラエルでは、日没が「一日の終わり」であり「一日の始まり」でした。
天文学者は、観測終了までは前の日の日付で観測記録をつけます。ですから、午前五時三十分に観測を終えると、「二十九時三十分観測終了」です。
生活や文化に合わせて使いやすいように時刻制度を決める、でいいのではないでしょうか。で、基本的には一日を四つに割って、昼の午前中・昼の午後・夜の真夜中前・夜の夜明け前をそれぞれ適宜分割する、というシステムが比較的自然なのではないかと思っています。一日の始まりをどこに置くかという問題はあるにせよ。
なお、船では当直勤務が四時間交替なので、一日が六つに区分されています。で、その中を八つに区分し、「一点鐘(いってんしょう)」から「八点鐘」という時報を使っています。ところが船というのは東西に移動するものなので、船の中の時刻と船のいる場所の時刻がズレてきて、しばしば困ったことになります。
なお、夕方は、一点鐘・二点鐘・三点鐘・四点鐘ときてまた一点鐘・二点鐘・三点鐘ときて、午後六時にいきなり八点鐘という変則的な打ちかたをします。これは夕方になると海坊主が出るので、海坊主をだまくらかすためにやっているのだそうです。
(Maria)
名加野さん wrote:
> あれから、通院はしておりません。「普通」と言う診断されたので。特に何もないとのことです。催眠療法(自立神経の強化)でもしてみたらと言われて、お終いです。
それって、ひどすぎる…。本人としては、すごーく悩むからこそ行ったのにね。私は、一応3回目になりましたがどんな診断が下るのかなあ…。
話題を変えて。お互い、よれよれの身の上(私たちだけに限ったことじゃないだろうけど)。休める時には、きちんと休みましょうね。(しかし、休みの日に寝てばっかというのだけは、いい加減脱却したいよー!)
なぜ一日は24時間なのか?
一日が24時間単位のため、計算がややこしい。なぜ一日を24時間に分けたのか?
べつに一日を10時間としてもかまわない筈である。そして1時間を10分間とし、1分間を10秒にすればよかろう。それでは1秒間が長すぎるというのなら、1秒間の10分の1の時間単位を設定すればよかろう。しょせん人間がかってに決めたものである。ならばできるだけ単純でわかりやすいものにすべきであろう。
こうもりさん wrote:
> でも気が向いたら、どんどん書きこみをしてくださいね〜。
>
> わたしの方はしばらく書きこみを続けておきまする。では
みんなぁ〜〜〜〜〜!!
読んでるから、だいじょうぶだよーーー!!
こんもりさん、がんばって、仕事の合間に、書き込みするように・・・・・命令!!(しちゃっていい??)
(タレイヌ)
Mariaさん wrote:
>> そんなわけで、あたしは「日本人である自分」にこだわり、「自閉症者である自分」にこだわります。自分の生活を、自分の把握できる範囲のなかで管理していたい、と思います。
グルンサさん wrote:
> 私はかつて、外国語学部に籍を置いていたことがありましたが、Mariaさんほど「日本人である自分」にこだわったことがあったのかな?とふと思い出し、そして考えさせられました。
おお! 仲間がひとりできた!
グルンサさん、実はわしも、大学は外国語学部だったんですよ。
興味本位で入った学部だったのですが、わしは「正しい日本語」にこだわるようになりましたねー。日本人云々以前に。
外国語を学ぶということは、同時に「あらためて日本語を理解する」ことであると、在籍中わしは感じました。そして、
「もし外国の人が日本語で話してきたら、その語を公用語としている国の人であるわしは、間違った用法の言葉を発するわけにいかない。」
などと変にムキになっていました。実際、そのようなことに遭遇したことは未だありませんが。ただ、日本語の使い方に敏感になったのは事実です。
外国語学部に在籍して、得られたものもありましたが、それよりも
「自分のコミュニケーション能力に問題がある」
ことに気づいてしまったことが、いちばん大きかったですね。
あえて不向きな分野を見るのもいいかも 鷲羽丸
オレンジブルー wrote:
>自分は「きっと白痴に違いない・・・」と真剣に悩んだ時に、黒沢明監督の(ドストエフスキー/作)「白痴」をビデオで真剣に見ました。
>ショックでした。。。。。。(泣)
>だって。
>その主人公の白痴といわれてる男性は私からみると、
>全然「白痴」どころか普通の人で、「あれが白痴なら私はどうなるの!+**!」
>とますます落ち込んでしまったのでした。。。
ドストエフスキーの小説の題名は、訳が適当ではないのではと思います。
私はロシア語は全く分かりませんが、複数の意味がある外国語の単語を直訳すると、元の意味と変わってしまうことはよくあります。
ビートルズの「ノルウェイの森」は本来は「ノルウェイの木製家具」のことですし。
あおび さんへ
>26歳無職です。
私も無職です。
歳はあなたより4つ年上ですがそれでも
よろしかったらメール交換しましょう。
まろんす
オレンジブルー wrote:
>
>「意味」が実体を通して「理解」できていない・・・といいましょうか・・・。
>ああ、実も蓋もない事を言っている私・・・(哀・汗)
>
>「言葉」というものを「絵の具」に置き換えまして、
>「絵の具」の「色」を知らずに「赤色」と「覚えて」いるような。。。
>「ピンク色」は「赤」と「白」でできているのに、「繋がって」いないという様な・・・・・。
>
>「人」と「背景」は別なはずなのに、フラットで混じっている世界の様な・・・・・。
>
>う〜・・・。絵を描いてて「私はナンダ!?」っておもいました・・・・・。
オレンジブルーさん、初めまして、pennpennです。この間はどうもあさかぜさんとオレンジブルーさんを人違いしてしまいすみませんでした。まだ花の独身のオレンジブルーさんなのに。失礼しました。
オレンジブルーさんは実際に絵をお描きになるのですか?HNといい、言葉の意味の例に絵を持ち出すこととか・・・・。カラフルで美しいですね。でもオレンジブルーさんの世界も大変でつらそうですね。
私も若い頃、自分が白痴なのだと思って悩んでいました。少し年をとってからは若年性アルツハイマーなのではと悩みました。白痴なら白痴でよかったし、アルツハイマーならアルツハイマーでよかったのです。ただ症状があるのに普通の人として生きていくのがつらかった。白痴なら白痴として授産施設とかで働けるのにそういう診断もないので普通に生きていかなければいけないのがつらかったのです。
就職する自信がなかったので進学して大学に行きましたがADDがあったせいか一時間半の授業に耐えられずたいてい途中で教室を出ていたし先生のいうことは聞き取ることができなかったしそれまでにもましてつらい4年間でした。
就職してもつらかったし結婚してもつらかったし子供ができてもなかなか大変。何をしても大変なのがこの病気(?)の特徴なのでしょうが。オフ会があるといいね。みなさんにお会いしてお話ししたいです。
名加野 wrote
>
> あれから、通院はしておりません。「普通」と言う診断されたので。特に何もないとのことです。催眠療法(自立神経の強化)でもしてみたらと言われて、お終いです。
悩んで病院に行くのに普通といわれておしまいなんてひどいよね。私は精神科医をあまり信用していません。他の病院にも行って合う医師を捜してみてはいかがでしょうか。最後には鬱病になってしまうよね。この社会で普通の人として生きていたら。仕事忙しくて大変みたいですね。でも時々ここにきてね。待ってるよ。
あさかぜ wrote:
>
> こんにちは。
> 「DVの後遺症」と書いたあさかぜです。オレンジブルーさんは独身とご自身で書いておられましたので、お間違えのなきように……。
>
> ↑こんなこと言ってしまってごめんなさい。でも、ここでしか本心を言うことはできないんです。
>
あさかぜさん、オレンジブルーさん、ごめんなさい。もう大変失礼しました。私は人の名前を覚えるのが苦手で・・・・。夫の友人の顔と名前も結婚して16年たつというのにいまだにまちがえるのです・・・・。
私もここでしかほんとうのことがいえません。障害者が健常者を逆差別するという批判がありますがやはり同じ症状を抱えた人にしかわからないことってあると思います。私にとって夫はやはり他人です。実の両親にも心を開いたことがありませんでした。でもこのホームページで知り合った方はどなたとも一度もお会いしたことはありませんがどうも他人という気がしないのです。
私はこのページを知るまで私のような人と知り合ったことがなかったのです。ただ孤独に苦しんできました。だからみなさんと知り合えてほんとうに心がなぐさめられました。ASといってもいろんなタイプがありそれぞれに育った環境も年齢も違いますが似たところが多いなあと思います。このページに来ると故郷に帰ったような気がします。だからタレイヌさんがこのページから去るというのはとてもショックでした。そんなことを考えたこともなかったのです。
タレイヌさんとこうもりさんの議論は私には少し難しくてお二人のお話にレスをしたことはあまりありませんでしたがよく読ませていただきました。難しいことを考えていうなあなんて思うのですが私も人から見れば難しいことを考えていると思われることがあります。こだわってしまうのですね。特定のことに。で、そのことにやはりこだわっている人に出会えるととてもうれしい。
あさかぜさん。あさかぜさんと私は似ているかもしれない。私は43才の子供です。20代の頃、私は多重人格の症状に苦しんでいました。なんとか人格を自分で統合したのですが最後に残った人格は5,6才の子供の人格でした。大人のふりをしているけれどほんとうの私はとても子供です。心細く生きてきました。私の全てを隠して大人のふりをして。でも生きることに疲れてしまっていました。抗鬱剤なんて全然きかない。治療にも絶望していました。
でも最近は仕事も辞め家にいて最低の家事とインターネットの毎日。少し元気が出てきたような気がします。私はなぜか長生きしないような気がするのです。いつも残った人生の年数を数えて自分を励ましていました。大人になんてならなくていいよね。これでいいんだよね。あさかぜさん。カキコしてね。みなさんのカキコが私の元気の元。
Mariaさん、いつもいろいろなことを教えて下さってありがとうございます。Mariaさんが知らないことなんて何もない感じですね。Mariaさんのカキコを過去にさかのぼって少しずつ読んでいます。一冊の本なんて簡単にできてしまうような量ですね。Mariaさんはロゴスとしての神を信じているけれど人格神としての神は認めていないのですね。
自宅にはイエスキリストそのもののJOSHYAさんとベタニアのMariaさんがいるのですね、信じます。またいろんなお話を聞かせて下さい。
グルンサさん、こんにちは。
>名加野さんへ。その後、通院はいかがでしょうか?(私は、未だに安定剤で経過観察中です。)しかし、前に名加野さんも書いていましたが、一体、普通の人間って何なんでしょうね、本当に? プリントアウトしたカキコを読み返して、失礼ながらまとめてレスさせていただきました。しかし、本当にここの掲示板はペースが速いなあ。(私が、間違い訂正・追加カキコで埋める事が増えてきたのも一因か?)
あれから、通院はしておりません。「普通」と言う診断されたので。特に何もないとのことです。催眠療法(自立神経の強化)でもしてみたらと言われて、お終いです。
名加野 wrote:
> オレンジブルーさん、こんにちは。
こんにちわ、名加野さん。はじめまして。
>>「使っている言葉」自体が違っている事にまず気がつき発見してしまった時はさすがに奇妙で驚愕でした。
> 「使っている言葉」と言うのは、意味を間違えて使うと言う事ですか?
「意味」が実体を通して「理解」できていない・・・といいましょうか・・・。
ああ、実も蓋もない事を言っている私・・・(哀・汗)
「言葉」というものを「絵の具」に置き換えまして、
「絵の具」の「色」を知らずに「赤色」と「覚えて」いるような。。。
「ピンク色」は「赤」と「白」でできているのに、「繋がって」いないという様な・・・・・。
「人」と「背景」は別なはずなのに、フラットで混じっている世界の様な・・・・・。
う〜・・・。絵を描いてて「私はナンダ!?」っておもいました・・・・・。
>それとも、言語体系が違うのでしょうか?(汗。「お前の言語は名加野語だ、誰か訳せ」とかはよく言われますが……。これとはまた違うのでしょうか……。
一緒でしょうね・・・多分に。
>僕はよく質問をしていますが、ただその質問してる事自体が「何が解らないか
>を、まず理解してないからそんな質問をするんだ」と言われました。
> 結局何が言いたくて書いてるのかも、自分ではよく解っておりません
ですので、それが「コミュニケーション」の「基盤」がもともと「違っている」というのは、そういうことのつもりでした。。
>「理解の仕方」や「会話のルール」が違うと言う
>事ならわかります。そんな感じなので。でも、文章にすると、解りにくさが半減
>(とは行かないまでも)しますね。結局日本語使ってるんですもんね。
半減する為のルールを見出すのってムツカシイっす・・・・。
私は大阪の御堂筋線の満員電車の中で、どうも自分はふつうの人にしてみりゃあ
「なんてこと言うの!?」ということを言ってたらしいんですしかも大声で。
一緒にいた知人に向かって。いきなり血相変えたような剣幕で「それは##でしょう!」ってその人に説教されだしまして、でも私はさっぱり何ででそうなったのか分かりませんでした。。。なんでいきなりああなったのかも理解できなくって、どうも呆れられて怒られてたようでしたが「なんでそうなっているのか」自分がどういういけないことをしたのかが、何度聞いても「ワカラナ」かったのでキョトンとしてたら「ワカラヘンのなら言ってもしゃあないわ」と言われました。
むー。
「腹黒いんちゃうか?」とかとも言われた事もあり、「???????」でしてきっと私は「人の世界の数割」位しかワカッテナインダロウナア・・・・・
自分は「きっと白痴に違いない・・・」と真剣に悩んだ時に、黒沢明監督の(ドストエフスキー/作)「白痴」をビデオで真剣に見ました。
ショックでした。。。。。。(泣)
だって。
その主人公の白痴といわれてる男性は私からみると、
全然「白痴」どころか普通の人で、「あれが白痴なら私はどうなるの!+**!」
とますます落ち込んでしまったのでした。。。
「死んだほうがいいんじゃない?」ということば、
実は何度かさり気なく聞かされたことあるんですが、
それすら「ピン」とこない私でした。
「何の為に生まれてきたんだろうねえ?」とも言われましたが、
「何の為」という意味も分らなかったのでした。。。
しかし無意識に行っている「行い」は周囲から見ると「まとも」らしく、
人が嫌がる事も自分から平気でこなしているようで、「偉いよ君」と言われてもやっぱり
なんとなく「そうなのか。」なのでした。
この文章読まれて気分悪くなった方、ご勘弁を。ひゅう〜・・・・・・。
横レスすみません。
ぶちさん wrote:
> 「発達障害を、もって生まれてきている事を、マイナー項目にしないで・・・そうですよね。ある子供用の童話の中に、「長所は短所。短所だと思って消してしまったら、いい所までなくなっちゃう。特徴が短所に見えないようにすればいい。私が私であるように、ありのままに」っていうような事が書いてありました。
>
> 人生ってコントラクト・ブリッジっていうカードゲームみたいなもんだって思っています。生まれた時に神様から、色んなカードをもらって生まれて来るけど、使いやすいカードばかりとは限りません。でも使い方や、使う時を選べば有効な一打になると思うんです。「自分のもち札を研究して、いつ、どう使うか?」これが私の課題です。
>
> マイナー項目にしない、無理に消さない・・・私もそう思います。
私も、早く胸をはってこう言えるようになりたいな。
名加野さん wrote:
> いやあ、本物の肉体労働ではないんですが、毎回移動しながらの、チェック作業は体にこたえます。目(小さいし、パソコンの置き方によっては読みづらい場所に製造番号が……)や、手(必死に一つずつ手書きで書く)を酷使し、全部で3000とも5000とも台数があるらしいです。気が遠くなります。帰ってきても眠気がまず先に襲ってきます(苦笑。
私も、今年からPCとにらめっこ。これが、ホントに目にこたえます。(去年までは、外回りで体動かしてました。)おまけに、電車の中で激烈に眠気に見舞われることも…。(ヒンシュクもんでした、はい。)
> せっかくADSLが入ったのに……。
すみません。ADSLってどんなものでしょうか?(初耳の初心者でございます。が…1ヵ月もすれば、もう初心者とは言えない、かな?)
みどりさん wrote:
>話の途中で思いついた関係ないことをはさんで話してしまったり、関係はあるけど、話が逆に向かうことを言ってしまったり。
>特に、ちょっと心にやましいものを持ちながら話をしているときには、相手を説得した後に最後にすべき弁解を、説得中に弁解ばかりしゃべてしまって、目的とはどんどん反対に進んでしまうことがよくあります。
>コンピュータで書く文章なら、あとで順序を入れ換えたり削除できたりするのでましなんですけど。
>
>頭と口もうまくつながっていなくて、すごく早口なのに、それでも間に合わなくて、文章の途中をとばしてしまいます。
>「あけましておめでとうございます」なら、「あけまして…す」みたいになってしまいます。
>頭の中では文章が完結してるので本人はあまり気づいてないのですが、なにかで録音したりしたものを聞くとめまいがします。
>
>なにか人前で発表するようなときは、あらかじめすべての文章を作っておかないといけません。
>少しでも自由にしゃべる余裕を自分に与えようものなら、すぐにその場での思いついたことを話しはじめてしまうので、話がわからなくなったり、時間が足らなくなったりしてしまいます。
>
>そういう問題なく、資料だけ用意すればぶっつけで話ができる人がいることを知って、とてもうらやましいと思いました。
>自分の頭のなかはすごくごちゃごちゃなんだって感じがします。からまった紐をひきずりだすみたいにしか話ができないんです。
私も、ほとんど同じです。(蛇足ですが、自分が15歳と30歳の時に、録音された自分の声を聞いて目眩がした。[というより、しそうになった。]あまりの声の甲高さと、早口振りに。自分では、トーンがアルトぐらいだと思ってただけにショックだったー。)ちゃんとしたコミュニケーションが取れないのもきついですね、お互いに。
あさかぜさん wrote:
> 自分の脳SPECT画像を見てみたいと切望している、あさかぜでした。
私も見たいです!自分の脳って、コワい(?!)けど、おもしろそう。(余談ですが、昨年、検査入院で自分の膝の中を見てみたことがあります。結果は…最後は、酸素吸入に至りました。ははは。)
pennpenn58さん wrote:
> 私は大人になれなかった大人です。一生大人にはなれないのかもしれません。
こんにちは。
「DVの後遺症」と書いたあさかぜです。オレンジブルーさんは独身とご自身で書いておられましたので、お間違えのなきように……。
セロトニン濃度が安定してきたせいか、うつは直ってきたと自分では思っています。でも、根本は何も変わっていません。元に戻っただけ……。
子供のころから、ちっとも変わっていないです。何の進歩もないわ。
もうメチャクチャです。わたしはADDだと思います。45才だなんて。結婚して子供がいるなんて。とても信じられない。自分に正直に生きてこられたのなら、こんなふうになるはずはない……。
↑こんなこと言ってしまってごめんなさい。でも、ここでしか本心を言うことはできないんです。他の人に言ったって、わかるはずもない。わたしだって、一生大人になんかなれません。なりたくもないわ。
すみません。混乱しています。不適切なら削除してください。>管理人さま
すみません、激遅レスです。
nonoさん wrote:
>> 一時的に症状が改善したとしても効果がきれた時の脱力感も相当なものになる可能性もある。
>
>これは、薬の切れ際に起こる副作用のことでしょうか?
はい。そうだと思います。
自分の脳SPECT画像を見てみたいと切望している、あさかぜでした。
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