アスペルガーの館の掲示板(旧)
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新しいアスペルガーの館の掲示板
Maria wrote:
>> ●カナー型には、明確な幼児期の言語発達の遅れがある。
> ●アスペルガー型には、言語発達の遅れがあっても、それほど深刻ではない。
>という差があると考えられていたわけです。
> あるいは、原因に対する考え方の差、というのがあったようです。すなわち、
> ●カナーは「何らかの原因で精神の発達が阻害された結果、起きるものである」と考えた。
> ●アスペルガーは「性格の極端な偏り」と考えた。
>という差があるわけです。
> つまり、
> 自閉症(カナー型自閉症):精神分裂症に見られるような、極端な精神的孤立(自閉)が見られる精神薄弱(智恵遅れ)児童
> アスペルガー症候群(アスペルガー型自閉症):性格が極端に偏った子供
>という見方がそもそもあって、「分類としては『自閉症』(カナー型自閉症)なのだけれど、精神薄弱(知恵遅れ)でない」のが、「“高機能”自閉症」という表現になっているのですね。
ここで注意しなければならないのは、自閉症と知的障害の関係です。
私がボランティア先の福祉作業所で見た限りなのですが、知的障害の青年期の人というのは、『永遠の子供』といった感じで、難しい話が分からなかったり・計算が分からなかったり・時々泣いたりするものの、何とか周りと折り合いをつけようと、積極的にコミュニケーションをしていました。中には自分よりも障害の重いボーイ・フレンドがいる女性もいました。新しい物事の飲み込みもよく、「掛け算できるようになったよ!」と嬉しそうな声で教えてくれたり、英語に関心があって本を見ながら発音の練習をしている人もいました。つまり変化を求めているのです。
これに対して自閉症の青年期の人は、『決まったフレームワーク(枠組み)の中の人』という形で、いっつも同じような行動をしていました。それぞれにお気に入りのストレス発散のための遊びがありましたが、雑誌のページをパラパラとやったり・ケラチナミン*クリームの容器をこまのように回すという感じでした。みな音に敏感で、みんながワーッとしゃべりだすと奇声をあげて職員室にすっ飛んでいって鬼のような顔をしてパラパラに没頭する人もいれば、雷の音が苦手で作業時間中に何度も強迫的に窓から空の様子を観察する人もいました。新しいことを覚えさせるのが難しく、そのぶんだけ些細なことでもできた時の周りの人の祝福は大きかったです。いったん蓄積された技能が衰えず、何回もきちんと再現されるのが、知的障害の人と異なって優れているという人もいました。言葉はほとんど話せないかオウム返し状態でした。
この違いは、明らかに阻害される知能の部分に差異があることを意味していると私は思います。
知能には『結晶性』と『流動性』の2種類があると、ある本には書いてありました。『結晶性』の知能とは、マニュアル的で『AならばB』と経験的に蓄積されて行くもので、ほぼ『知識+記憶』とイコールと考えてよいでしょう。
これに対し『流動性』の知能というのは、新しい環境に適応する力で、想像力や空間把握が要求されるものであり、積み木模様課題やサリー*アン課題・算数の図形や文章題を解くこと・職場で仕事をこなすことには、この能力が問われることになります。
知的障害というのは『結晶性知能』のダメージで、『流動性知能』はそれなりに保持されているような気がします。これに対して、ASや非言語LDというのは、『結晶性』がしっかりとあるのに『流動性』が発揮できない状態を指し、自閉症というのはこれらが同程度にダメージを受ける状態のことをを指すのだと、私はおもいます。
グルンサさま。こんばんは。すっごーく遅くなりました。
>
>>(前略)昨年も、遊園地で子供をダシに飛んでおりましたら、ぼーんと大きく飛んだ拍子に子供がふっとんでいってしまいまして、 大人は飛ばないでくださーいと拡声器で注意されてしまいました。
>
> ↑…失礼ですが、このあとお子さんはどうなったんでしょうか…?
>
>(大人が飛んだっていいと思うんですが…。[←気持ちよさそう] グルンサ)
覚えておりません。はて。命より大切な我が子ですが、それでもやはり他人事。情けなや。
大事に至らなかったところをみると、通路か隣のトランポリンに飛んでいったのでしょう。
最近私は子供をダシに鉄棒で回っております。「2歳なんだから逆上がりくらいマスターせよ」と
泣く子を回していたのですが、お手本にと自分が回ってみたところ、あらら気持ちいい。
「鉄棒しよう」と子供を誘って公園に出かけてはひとりで回っております。
そして、風邪をひいた みるら
おひさしぶりです、みあんにゃさん。
みあんにゃさん wrote:
>掲示板に感染するヤツがあるかどうかは知りませんが、職場で使っているMacがワームとかいう種類のウイルスに感染して、駆除するのに難儀した経験があります。嘗めてかかると痛い目にあいますぞ!!
昨年、私の配属先と直接関係ないメールを開けてしまい、PCを見事にウィルスに感染させてしまったことがあります。幸い、そのPCは他部署とはほとんどつながっていないため、被害は最小限に留まりましたが…。
恐るべし、ウィルス。
>(酒量を減らしつつある、みあんにゃ)
↑よかったです(^^)。くれぐれもお体(心もですね)お大事に。
こうもりさま、こんばんは。みるらでございます。
こうもり wrote:
>Mariaさん wrote:
>
>>こういう、「濃い」「内輪の」情報交換のために、メーリングリストとか
>>があるといいかもな、とおもったりします。
>
> う〜む。個人的には関東のオフ会によく参加する常連同士のMLみたい
>なものが作れないかな、とも思っております。その手のMLを作っておけ
>ば、色々な企画が出し合えるし、人手があればもう少し凝ったイベントを
>開くことも可能ですよね。
>
>(最近、友達にろう人形の館に行こうと持ちかけてまたしても評価を下げ
>てしまった… こうもり)
ろう人形館はちょっと……ですがヒミツ結社はスキです。
シュッツさん wrote:
>またウィルスですか。
>掲示板に感染するウィルスってあるんでしょうか?
>Macなので、あまり気にしてないです。
掲示板に感染するヤツがあるかどうかは知りませんが、職場で使っているMacがワームとかいう種類のウイルスに感染して、駆除するのに難儀した経験があります。嘗めてかかると痛い目にあいますぞ!!
祭りの音といえば、私が住んでいる所(生まれ育った地は他所)ではシャギリ(漢字がわかりません・・・)の地区対抗戦みたいなことをやります。練習している音がかすかに聞こえてくる分にはなかなか風情があって良いのです。でも、いざ祭り本番!てな時に出掛けていったら耳に突き刺さってきて苦しかったです。本当に、音の刃物とまでは言いませんが、耳を塞いでしまいました。
たぶん、楽器それぞれの音が混ざりあって、さらに周りが商店街の建物なのでそれに反響して耳障りになっのかな、と思いますが、シャギリをやっている当人たちは平気なのかな?
(酒量を減らしつつある、みあんにゃ)
こうもりさん wrote:
>トクメイ wrote:
>
>>他にも、多動児を連れてこない事が大事かもしれない。
>>知覚過敏とパニック傾向のある自閉症者の近くで、そういうのに動き回られたら、
>>起爆してしまうと思うから。
>
> それはちょっとADHD児たちに失礼かも…
失礼かもしれないけど、万が一、「事故」が生じて彼等が命を落としてしまうよりはマシです。
あさかぜ wrote:
>(もっと書きたかったのですが、この書き込みをしている時にウイルスバスターが作動して、ウイルスを検出しました。今年これで二度目です。掲示板でもウイルスの攻撃があるということでしょうか? すっかり気分が失せてしまいました。ごめんなさい、失礼します)
またウィルスですか。
掲示板に感染するウィルスってあるんでしょうか?
Macなので、あまり気にしてないです。
Mariaさん wrote:
>こういう、「濃い」「内輪の」情報交換のために、メーリングリストとか
>があるといいかもな、とおもったりします。
う〜む。個人的には関東のオフ会によく参加する常連同士のMLみたい
なものが作れないかな、とも思っております。その手のMLを作っておけ
ば、色々な企画が出し合えるし、人手があればもう少し凝ったイベントを
開くことも可能ですよね。
名づけて「秘密結社AS」計画!!(秘密結社と名乗りながら、堂々と
掲示板に公表しているところが、この計画のずぼらなところ…)
誰か興味を持ってくれる人がいないかな、と。MLだったらすぐに作る
ことも可能だし。
(最近、友達にろう人形の館に行こうと持ちかけてまたしても評価を下げ
てしまった… こうもり)
トクメイさん wrote:
>他にも、多動児を連れてこない事が大事かもしれない。
>知覚過敏とパニック傾向のある自閉症者の近くで、そういうのに動き回られたら、
>起爆してしまうと思うから。
それはちょっとADHD児たちに失礼かも…
シュッツさん wrote:
>祭囃子の楽器の中で笛や太鼓などと並んで使われるものに、正式な名
>前は分からないのですが、灰皿のような形の金属製の叩くカネがあり
>ます。あの音が耐えられないのです。
わたしは楽器の音にはそれほど抵抗はありません。でも、電話のベル
の音とか、電子音がすごく嫌いです。携帯電話が普及してから、街を歩
くのがちょっと辛くなりました。
シュッツ wrote:
>皆さんは祭りは好きですか。
>
>祭りの雰囲気に対する憧れはあるのですが、参加するとなると躊躇します。
私は幼少の頃は商店街の町中に住んでいまして毎年夏の祭のシーズンが
憂鬱でした。こんな時になるとやたら張り切る人や、こんな時でないと
商店街にやってきてくれない人や、大人や子供の喧噪や、大音響の
(スピーカで増幅された)お囃子やカラオケのヘタクソな歌やらが
とても辛かったです。
TV等で情緒豊かにやってるのを見る分にはいいんですけど、賑やかなのと
三々五々集まってくる接点のない人々への反感(といって良いのか)で
いまだに祭に足が向きません。
これも偏屈と言うよりASとしての特徴なんでしょうか?
シュッツさん wrote:
>オフ会のときに、「自閉症の人が集まるときには音刺激には注意しなければならない」という話があったので、ふと思い出して書いてみました。
他にも、多動児を連れてこない事が大事かもしれない。
知覚過敏とパニック傾向のある自閉症者の近くで、そういうのに動き回られたら、
起爆してしまうと思うから。
Mariaさん wrote:
> 「自閉症」という言葉には、先に書いたように「精神薄弱」「智恵遅れ」「知的障害」という意味がまとわりついており、「閉じこもり」「引きこもり」という誤解に基づく印象がからみついている。それに対する異議申し立て、みたいな意味で「自閉症」という言葉を自称として使う、という使い方があります。Lingkoさんがはたしてこういう意味で使っているかはちょっとわからないのですが、あたしはときどきこういう使い方をします。
んー、たまに、ないこともない。でも、それよりか、「自閉」っていう字そのものがかなり好き。
>
> ……とはいえ、手頃な表現も見当たらないんですよね。そうなると、“自閉”症というのも、けっこういい言葉なのかなぁ、と思ったりもします。
>
けっこういい言葉でしょ?
私にとって、「自」って字のイメージは、自家中毒とか自家醸造とか自縄自縛とか自家栽培とか自給自足とか自画自賛とか、えーと何だ、くるっと周って元に帰ってくるような、あ、自己完結、自己完結! 論理が自己完結してるから。バカボンのパパが言う、「これでいいのだー」みたいな意味。
「閉」は、やっぱりくるっと周って元に帰って環が閉じることね。私のハンドル、Lingkoってのはlingoとlinkを合成して、ついでにgingkoと韻を踏みたいってことなんだけど、lingoが「自分(たち)にしか通じないワケの判らん言葉」、linkが「環」。鎖の環のいっことかドーナツとか浮き袋とかライフセーバーとか車麩とかね。
環ってのは、閉じてるのが商売じゃないですか。ドーナツやライフセーバーや車麩はちぎれても味は変わんないけど、鎖の環っかが切れたら、鎖が切れちまいますもん。
そんなわけで、自閉って、それぞれの頭の中の宇宙には独自の論理があって、それなりに整合性があるのよ、って意味で使っていたりしますね、私は。
で、その中でアスペルガーってのは、たまたま、聴覚弁別が強かったとか聴覚記憶が強かったとか他者をオモチャにすることを覚えちゃったとか、そういう副次的な要因が重なってたために、「意味のつんのめり」がたまさか「言語のつんのめり」っていう形をとったにすぎないと思ってるから。
そういう意味で、言葉の遅れがあったかなかったかなんてのは副次的なものでしかない気がしてて、そんなのは小さいことだから、あまり「アスペ」とか「AS」とかいう言葉に愛着が湧かない。
細部志向で細部嗜好で細部思考で、一般化ができなかったり逆に過剰に一般化したり(これだって一般化が「ヘタ」なんだとは言える)、全体と部分の関係が見て取りにくかったり(そもそも部分しか見てなかったり)、一度思ったことが変えにくかったり、記憶の中の音声の再生と口まねをユニゾンさせるのが快感だったり、待たされる不安が苦手で早く予告して安心させてほしかったり、そーゆーところがあれば、言葉が遅れてようが遅れてまいが、お仲間はお仲間なのです、私にとっちゃ。
こんにちは、シュッツさん。
シュッツさん wrote:
>皆さんは祭りは好きですか。
大好きです。ただ、有名で大きな、人がうんと大勢集まる祭りは……ちょっと苦手かもしれません。自分が踊れる(木曽節やら阿波踊りやら)とか、太鼓を叩かせてもらえるとかだと、嬉しいです。
わたしは鉦の音は大丈夫です。
(もっと書きたかったのですが、この書き込みをしている時にウイルスバスターが作動して、ウイルスを検出しました。今年これで二度目です。掲示板でもウイルスの攻撃があるということでしょうか? すっかり気分が失せてしまいました。ごめんなさい、失礼します)
Lingkoさん wrote:
> 「自閉」って言葉は積極的な意味を持って使ってるけど、「アスペルガー」にしても「アスペ」にしても「AS」にしても、正式な診断のときに「アスペルガーだろう」って言われたんで、一応それを尊重して使ってるだけ。自分では「自閉」者だと思ってる。
おそらく、Lingkoさんがいう「自閉」が、あたしにとっての「アスペっ子」の「アスペ」の部分なのだと思います。
ちょっと整理しておきましょう。
「自閉症」という言葉には、先に書いたように「精神薄弱」「智恵遅れ」「知的障害」という意味がまとわりついており、「閉じこもり」「引きこもり」という誤解に基づく印象がからみついている。それに対する異議申し立て、みたいな意味で「自閉症」という言葉を自称として使う、という使い方があります。Lingkoさんがはたしてこういう意味で使っているかはちょっとわからないのですが、あたしはときどきこういう使い方をします。
もうひとつ、いわゆる「自閉(症)圏」「自閉(症)スペクトラム/スペクトル」の言い換えとしての、通称としての「自閉症」というのが、まあ、いちばんよく使う使い方。
で……ここへきて、精神分裂症(統合失調症)とのかかわりで、ちょっと考えこんでいるんですよ。
「自閉症」の語源になった、「破瓜型精神分裂症」における「自閉」、「自閉症」の「自閉」は、本質的に別物である、というのがあります。
そもそも、精神分裂症はほとんど三十歳代以降、まれに二十代で発病する病気です。それに対して自閉症は先天的なものです。その点からいってもまず別物。さらに、破瓜型精神分裂症の場合、現実と意味の統合状態が「失われる」のに対し、自閉症の場合、異なった秩序によって統合が行なわれるのですね。
言ってみれば、破瓜型精神分裂症における「自閉」というのは「結晶の形が失われて崩壊してゆく」ことであるのに対して、自閉症の場合の「自閉」というのは、「普通の人間とは、成分が同じでも結晶形が異なっている」感じなわけです。
そうすると、自閉症の“自閉”を「自閉」と呼んじゃっていいんだろうか、という気がしてきちゃったわけですよ。これは、「広汎性発達障害」でもないし、「関係性発達障害」でもない。強いていちばん近いものを捜すと、Lingkoさんのいう「言葉のつんのめり」の底にある、「論理性的整合性のつんのめり」「概念操作のつんのめり」のような気がします。
……とはいえ、手頃な表現も見当たらないんですよね。そうなると、“自閉”症というのも、けっこういい言葉なのかなぁ、と思ったりもします。
(Maria)
皆さんは祭りは好きですか。
祭りの雰囲気に対する憧れはあるのですが、参加するとなると躊躇します。
その最大の原因は音です。
祭囃子の楽器の中で笛や太鼓などと並んで使われるものに、正式な名前は分からないのですが、灰皿のような形の金属製の叩くカネがあります。
あの音が耐えられないのです。
多くの人は、ガラスや金属を引っ掻く音を嫌いますが、私はそれを気にしない替わりにカネの音が苦手です。
他人の感覚を実体験できないので想像ですが、多くの人が引っ掻く音を聞いたときに感じるのと似たような感覚を、カネの音で感じているのではないかと思います。
オフ会のときに、「自閉症の人が集まるときには音刺激には注意しなければならない」という話があったので、ふと思い出して書いてみました。
Mariaさん wrote:
> えー、ちょっと古い話。
> 「コミュニケーションの障害」と「言語の遅れ」が、あたしたちが知っているAS、あるいはアスペでは、同一の意味を持たないんですよ。
私の考え方。「言葉の遅れ」には、2種類ある。「絶対的な遅れ」と「相対的な遅れ」。
「絶対的な遅れ」は、普通に「言葉の遅れ」と言われてるヤツ。月齢なり年齢なりで区切るヤツ。
言葉の発達の「相対的な遅れ」ってのは、「相手とコミュニケーションしたい意欲は出てきたのちも、まだ、技術としての言葉が追いついてこない」って状態。身ぶり手ぶりを使ってみたり、実物を見せてみたり、(一人でもだえての奇声じゃなく、相手の目の前で、言葉の代わりに)奇声を発してみたり、じょうずな文にはならなくても、知ってる限りの単語をつなぎ合わせて意思を伝えようとする、ってのがあれば、相対的な遅れがあると言っていいと思うの。
つまり、コミュニケーションの意欲(あるいは、本人が必要性を悟ること)が出てくるまでは、相対的な遅れの有無は判定できず、棚上げにするしかない。
「相対的な遅れ」があるってことは、「ちょうど、ジャスト」ってこともあれば、「相対的なつんのめり」もあるってこと。
言葉の遅かった子で、ある日、思いついたようにしゃべり出し、その後べらべらとおしゃべりになる子ってのは、「ちょうど、ジャスト」なんでしょう。「そうか、しゃべってみればいいのか」みたいな感じで。つまり、言葉が「遅れた」というより、その子の場合、コミュニケーションのレディネスが整うのを待ってからしか言葉が出なかったということだと思うの。伝えたいことはあるのに伝わらない! というもどかしさを感じていたわけじゃないんだから。
あるいは、「知ってる単語をつなぎ合わせて意思を伝えている」状態であっても、本人が「もっとうまく言えたらいいんだけど」と感じてなくて、「これでいーのだ」と思ってるようだったら、それも「ちょうど、ジャスト」に入ると思います。
で、相対的なつんのめり。これがアスペルガーっぽい部分じゃないかと。つまり、自分や他者がコミュニケーションの主体であることに気づく前から、言葉はコミュニケーションの手段であることを知る前から、会話を「おもちゃ」としていじり始めてしまったことが、「相対的なつんのめり」。コミュニケーションのレディネスが整わないうちから、コミュニケーションのマネゴトを始めてしまった。他者をおもちゃとしていじり始めてしまった。
退屈に対する耐性が低い、好奇心が旺盛、聴覚情報の弁別に苦労がない、聴覚情報の記憶の力が高い、等々の条件がたくさんそろうと、こうなりがちなんじゃないかと。
>
> この『アスペルガーの館の掲示板』では、「アスペ」あるいは「AS」という言葉に、わりと積極的な意味を持たせて使ってるひとが多いような気がします。
私自身についていえば、さほどでもない。「自閉」って言葉は積極的な意味を持って使ってるけど、「アスペルガー」にしても「アスペ」にしても「AS」にしても、正式な診断のときに「アスペルガーだろう」って言われたんで、一応それを尊重して使ってるだけ。自分では「自閉」者だと思ってる。
積極的な意味を持たせてるとしたら、「相対的なつんのめり」に結びつきやすい要因の一つ、「好奇心が旺盛」って部分と、ASも含めた自閉全体に共通する「全体像よりも気に入った細部に目が行く」が重なると、「気に入った細部に凝りやすい」が生まれるから、その辺が、Mariaさんが
> この『アスペルガーの館の掲示板』では、「アスペ」あるいは「AS」という言葉に、わりと積極的な意味を持たせて使ってるひとが多いような気がします。
とお感じになる元なんじゃないかと想像しますが。
>
> どうなんでしょう。あなたは「AS」「アスペ」「アスペっ子」という言葉に、どんなイメージを持っていますか?
>
おもちゃとしての言語の力がつんのめっちゃった人たち。
はじめまして、こーさん。
こーさん wrote:
>もうその頃とは環境が変わって私も失敗しないように
>人に嫌悪感を持たれないようにと努力はしています。
>だけどだめですねー、やっぱり。
>どうしても昔の失敗、あの数年間が頭に渦を巻いていて。
苦しい感じが伝わってきます。わたしの思い込みかもしれないけれど、同じような経験がありますので……。忘れられないということは、苦しいものです。
>私の分かってることは、とにかく私が原因であるということ。
>またそれが何か?ということまでは誰も教えてくれないので
>現実適応能力がない私としては
>ただただ耐えるのみ。。でした。
“自分が原因であるかもしれないけど、周りのひとの対応にも問題があったのかもしれない”と考えることができるようになれればいいんですけど。ものごとを反対側から見るように想像してみるというような感じですが。
でも今はまだ、ご自分の身体を労わることが先決かもしれませんね。
>もうあの頃の対人関係は全て縁を切られて
>私は新しい環境にもなかなかなじめず
>ずっと同じ場所にいるようです。
趣味はお持ちでしょうか? それに夢中になっているときはイヤなことを忘れていられるという、何かを。何でもいいんです。
えーと……もしも、そういう趣味があったけど今は気が乗らないとか楽しくないという気分でしたら、鬱の可能性もありますので、心療内科などを受診して治療を受けたほうが早く立ち直れると思います。
一見時間がかかるようでも、気分のふさぎを治してから原因の追求に取りかかったほうが早くて済む場合もあるという気がします。
さっきTVで、昨日「蛍の光」のCDが発売になったと聞いて、狂喜乱舞!
お店が開くのが待ち遠しいです。ぜひ買いたい!
全23曲が世界各国の「蛍の光」だけというCDなのだそうで……なんともわたし好みです。大好きな曲ですから。わくわくわく♪
どうでもいいことで、はしゃぐなー!と言われそう……。失礼しました(-_-)
丁寧なレスありがとうございます。
もうその頃とは環境が変わって私も失敗しないように
人に嫌悪感を持たれないようにと努力はしています。
だけどだめですねー、やっぱり。
どうしても昔の失敗、あの数年間が頭に渦を巻いていて。
私の分かってることは、とにかく私が原因であるということ。
またそれが何か?ということまでは誰も教えてくれないので
現実適応能力がない私としては
ただただ耐えるのみ。。でした。
人に何かをしてもらったり、予想外に何か冗談を言われたりしても
それにどう対処していいのか分からない。
普通の人が普通のように出来ることが
本当に出来ないみたいです。
もうあの頃の対人関係は全て縁を切られて
私は新しい環境にもなかなかなじめず
ずっと同じ場所にいるようです。
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© 1998 y.mikome, T.Ikeda, 1999 s.murakami