アスペルガーの館の掲示板(旧)
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あ、ごめん。再放送しないそうです。残念。
パックン wrote:
>>
>苦しくなった彼は、とうとう自分の生き苦しさを思いきって周りに打ち明ける。が、「あーいったらこういう奴」とか、「甘えている」「ひねくれもん」「寂しいんだったら寂しいと言えばいいじゃない」で済まされるのは、本人が納得がいかない(と思う)。皆で共有しているんだよって言われても「共有しているの?」っと思ってしまう(ここで、また反発をくらう)。
>
>#的外れな助言、叱責はみてて辛い。
>
本当にこの国の大方のやつは、「・・・であること」「・・・・であること」とやかましくって困る。(もっとも、自分もそうなのかも・・)
だからいつもキュウキュウとして、ちょっとでもでるやつがいれば打つ。もう少し「人は人、自分は自分」という考えをお互いもたないと、確実に西暦2500年までには、日本は滅ぶでしょう。
みどりさん wrote:
>ここ全然わからないんだけど、田中真紀子はどの「たとえ」になるの? 女性の
>代表には思えないし、弱者の代表にも強者の代表にも思えないんですけど…
あたしも田中真紀子大臣が女性の代表にも思えないし、弱者の代表にも思えません。
田中真紀子大臣は、自分に対する外務省官僚の対応を、「私が女だからと思って、いじめている」という構図に押しこむことでコントロールしようとしているように見えます。確かにそれは一つの戦術ではありますし、「一時的なポスト」と割り切るならば、有効な戦術でもあります。また、田中大臣を支持する女性の中には、そうした戦術を「女なんだから当然」と思う人も多いと思います。
ただ、外務省官僚としては、こうした戦術を「フェアではない」と感じて当然という気はします。「日本の外交姿勢と、外務大臣と外務省官僚の関係はまた別である」という割りきりが、はたして外国に対して通用するかという問題がありますから。外交交渉というのは、「永続性」の中にこそ位置づけられるものであり、オポチュニズムは排除しなければならないものだからです。
つまり、田中真紀子大臣は、外務省官僚を相手にリビアや北朝鮮やイラクのように戦いつつ、日本を代表して外交交渉にあたる、という「戦術の使い分け」を選択した(正確には、しているように見える)わけです。
まあ、プラグマティストたるあたしとしては、それで日本の政治がよくなったら認めようとは思うんですけどね。思えば田中大臣がホテルに足留めを喰わせた相手がイラン大使、というのも象徴的ではあります。ひょっとしたらこれも戦術?と思わせるものが、ないではありません。ところがマスコミは、指輪がどうこうという話に持っていってしまいました。これは、田中大臣が外務省官僚に対して「私が女だから」的な姿勢をとってきたツケといえるでしょう。
小泉首相の「どっちもどっち」発言がどう転ぶか、みたいなところが気になります。結果的に小泉政権の足を引っ張りかねない部分が、田中大臣にはあります。「田中大臣の独断」で済まなくなっちゃうんですよ。表立っては誰も言わないだろうけど、「“女なんかを”外務大臣にした」という責任を、小泉首相は問われてしまう可能性があります。で、「女は自己管理ができないから、男によって保護されねばならない」みたいなところに、結びつけられてしまう危険性があります。
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そこの説明なしでいきなり「中国人も朝鮮人も沖縄人も嫌い」はないんでない? それを読んだ、「看板しょってない単なる中国人」が怒りまくったら、「看板しょってない単なる日本人」にも迷惑がかかるんだよね。 (あれ似たようなことをどっかで読んだような)
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『Re: どうして憎いと思うのですか?』(No.8479、2 Nov 2001、by みどりさん)
相手が、「本心から」怒っているのか、「悪意をもって」怒っているのかを見分ける方法は、はっきり言って、ありません。「実際にあった批判」ではない、「ありうべき批判」によって田中大臣が槍玉に挙げられ、その結果として責任を問われた小泉内閣が崩壊しちゃっても、それは「政治家として、脇が甘かった」ということで片付けられちゃうと思います。
「だから××はダメなんだ」と言われないために、××であるあたしたちは、××を代表してがんばってみたりもするし、××を言い訳にしないようにしたりもするわけです。それは義務ではなく、「つつしみ」「美学」といったものでしかありません。だって、そのことによって同じ××を踏み台にして上に上がってゆく、という生き方もあるわけですから、あえてそういうアプローチを取らない、ということを、すべての人間に要求することはできません。「女としての甘え」が許されるということを最大限に利用して生きてゆく女性もいるだろうし、それは犯罪ではありません。
そういう意味で、女性の代表にも弱者の代表にも見えない田中大臣が、ああいった態度を取ることに対し、ちょっと疑問に思ってしまうのですね。で、そういう田中大臣を、「同じ女性として」支持する「いわゆるフェミニスト」に、あたしはちょっと疑問を持ってしまいます。
なお、あたしはみどりさんが「いわゆるフェミニスト」だとは思っていません。念のため。
(Maria)
武田好史 wrote:
>Lingko wrote:
>>冬は好き。
>>
>>大阪はまだ寒くありません。
>
>僕も日の短さを除けば、だんぜん冬のほうが好きです。
>とはいえ冬といえばやはり星。
>
> 子供のころはこの時期になると、住んでいたアパートのベランダで双眼鏡でオリオンの大星雲だの昴だのヒヤデスだのいろいろな星をのぞいて、その美しさに感激しました。ウサギ座に「クリムゾン・スター」という深紅に輝く変光星があるのを知って探しましたけど、暗くなったときで見つからなかった・・・
> 今では、我が入間市の夜空も町の灯りに汚染されて、3等星がかろうじて見えるくらいです。21世紀の子供は、「きれいな星空といえば、プラネタリュウム!」ということになってしまうのでしょうか。なんか悲しい・・・
>みどりさん wrote:
>「本当の被害者」はどういう顔をしていたらいいんでしょうか?
Maria wrote:
> 「真の弱者」あるいは「本当の被害者」という表現にちょっと引っかかるものを感じるのですが、まあ、それは横に置いておくことにしましょう。よいしょ。(←横に置いている)
たとえば、本当に痴漢にあった人が相手を訴えたとき、周囲から「服装が挑発的だったんじゃないの」「被害者面してゆすろうってんじゃないの」と非難されて、「あたしは被害者なのになんでこんな侮辱されなきゃいけないんだっ」って怒るような場合です。
> ところが、「被害者ヅラした連中」「弱者ヅラした連中」というのは、「被害者/弱者の心情を代表する無名の被害者/弱者の一人」として“常に”にふるまいます。したがって、「慎重な立場」を取るかぎりにおいて、人は“常に”「被害者・弱者の感情を逆撫でするような態度」をとることはできなくなります。
> たとえばの話、「田中外務大臣は無能である」という批判は、「女性差別」とみなされるおそれがある以上、控えねばならないということになります。
ここ全然わからないんだけど、田中真紀子はどの「たとえ」になるの? 女性の代表には思えないし、弱者の代表にも強者の代表にも思えないんですけど…
なんとなく田中真紀子に親近感を感じている みどり。中性的なところとか、正論を吐いては嫌われてあげ足を取られるところとか。パワフルさは真似できないけどね。
Mariaさん、こんにちは。
> 冬だ。
うーん、冬なんだけど、僕は夏服。季節感全くないなあ。
よくそれで、「見てるとこっちまで寒い」と言われる。
逆に、皆そんなに厚着して暑くないかな? と思う。
夏の国インドネシアで育ったとは思えない発言ですが、2年間クーラー尽くしで……(汗
パックンです。
私は文章を読むこと自体に時間がかかるので、皆さんの文章の全部を目を通しているわけではないのですが、どうかよろしくお願いします。
武田好史 wrote:
>さて、こう言った彼にあなたならどういう言葉をかけますか?
武田さん、今もそうなの(自殺したいと思っているの)? 違うよね?
#私は、自閉症(原因)を知ってから一度も自殺したいなんて思ったことないよー。
#私は、知ってから、ちょっと強くなった。
今回めずらしく私が投稿したのは、
先週の土曜に、NHK教育テレビの「真剣十代しゃべり場」を珍しく見てたら、
「!あれ? この子は、Aタイプでないか?」 という子が登場してたからなんで
す。
えっと・・、この子は自分が嫌いなので、自分を変えたいそうです。
とても辛そうでした。苦しそうでした。もし、この番組を見てなかったら、ぜひ、見てもらいたいです(今週の土曜の午前にも再放送がある筈だから)。。。
普通の自分では、人から拒絶される・非難される。だから、人を観察したり、本を読んだりして、必死に勉強する。だけど、そうやって作り上げてきた自分でいるのは、辛かったりする。
苦しくなった彼は、とうとう自分の生き苦しさを思いきって周りに打ち明ける。が、「あーいったらこういう奴」とか、「甘えている」「ひねくれもん」「寂しいんだったら寂しいと言えばいいじゃない」で済まされるのは、本人が納得がいかない(と思う)。皆で共有しているんだよって言われても「共有しているの?」っと思ってしまう(ここで、また反発をくらう)。
#的外れな助言、叱責はみてて辛い。
そして、彼はやはり、そこで納得のいく助言が得られぬまま、彼の悩み(どうして・・・?)は延々と続く。 そしてそのうち、自分が存在することで他人に迷惑をかけるのが心苦しくなり、消えてなくなってしまいたい思うようになっていく。
この気持ち、いわゆる普通の側にいる人には、容易に想像がつかないだろう・・。
彼の何故?に、(自閉症者のことを知らない)彼らが答えるのは難しい
(助言するどころか、次第に切れてしまい怒り出す健常者さんもいたし)。
(そして他のメンバーの助言は、私にはとてもむなしく聞こえた・・。そんなの、言われなくても分かるわい!とかね。← おいおい)
さて、ここで質問です。
皆さんは、彼を見て、どう思われますか(私は自閉圏の人とお見受けしたけど)?
皆さんなら、彼になんと言ってあげますか?
それとも、何も感じませんか?
ぜひ番組をみて、(なんでもいいから)ご意見を聞かせて頂ければ、うれしいです。
お仲間の自殺者を出さないようにしたい。 パックン
みどりさん wrote:
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シュッツ wrote:
>Maria wrote:
>> あたしは被害者ヅラした連中、弱者ヅラした連中に対して、あえて加害者あるいは強者として対峙することに決めました。
>真の弱者を弱者ヅラとみなすことは、弱者ヅラを真の弱者とみなすより遥かに危険なので、それは避けたいです。
私もそれが心配です。
「本当の被害者」はどういう顔をしていたらいいんでしょうか?
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「真の弱者」あるいは「本当の被害者」という表現にちょっと引っかかるものを感じるのですが、まあ、それは横に置いておくことにしましょう。よいしょ。(←横に置いている)
まず、あたしは「自分が加害者と見なされている場合、『自分も被害者だったんだ』という言い訳をしない」「自分が強者と見なされている場合、『自分も弱者である』という言い訳をしない」ということをまず言っています。
ただ、これは「第三者との関係において」であって、相手との関係において加害者であり同時に被害者であったり、強者であると同時に弱者でもある場合には、この限りではありません。生徒が教師の発言に「深く傷ついた」ことを理由に袋叩きにしたとかいうのは、「教師は加害者でもあり強者でもあるのだから当然である」とはみなされません。
つぎに、「加害者が加害者であり、強者が強者であるという理由だけで、無条件に被害者や弱者の要求をすべて受入れなければならないとは考えないことをはっきりと表明する」ということをまず言っています。まあ、これも一応はOKでしょう。
で、こうした態度が、「被害者」あるいは「弱者」にとって非常に不快であろうことは容易に想像できます。で、こうした態度によって深く心に傷を負う人もいるはずです。
そこで、対象とすべき「被害者ヅラした連中」「弱者ヅラした連中」以外の相手にこうした態度を向ける危険性がある場合は、そういう態度は取るべきではない、という意見が出てくるわけです。これを「慎重な立場」と呼びましょう。まあ、あたしも(というか、あたしですら)心情的にはそういう意見に与(くみ)したい気持はあるのですよ。
ところが、「被害者ヅラした連中」「弱者ヅラした連中」というのは、「被害者/弱者の心情を代表する無名の被害者/弱者の一人」として“常に”にふるまいます。したがって、「慎重な立場」を取るかぎりにおいて、人は“常に”「被害者・弱者の感情を逆撫でするような態度」をとることはできなくなります。
たとえばの話、「田中外務大臣は無能である」という批判は、「女性差別」とみなされるおそれがある以上、控えねばならないということになります。
……ところで、こうなると「外人スポーツ選手」の問題もちょっと気になってきます。「外人なんだから、強くてあたりまえ」というのは、「強者とみなされる相手に対する差別」ですよね? 「加害者とみなされる相手に対する差別」というのだって、あると思います。
で、あたしは「被害者/弱者に対する差別」と「加害者/強者に対する差別」というのは対になっていると考えているわけです。で、この対立構造を煽ると同時に、それを利用している人というのがいるのだけれど、そうした連中というのは、「無名性」の中に逃げこんでいるわけです。で、あたしはそうした連中を、「無名性」という暗がりから引きずりだしてやる、と決意しているわけです。うん。
女性にしろ黒人にしろ日本人にしろ、「だから××はダメなんだ」と言われることに対して戦ってきたわけです。だから、あたしは佐々木やイチローの大リーグでの活躍を手放しで喜んじゃっていいのかな、と思ったりもします。まして高橋尚子においておや。「日本人が」ではなく「高橋尚子が」なんですよね、本当は。いままで、「日本」というものを背負わされてきたからメダルが取れなかった、みたいなことは散々云われていたわけで、その意味で、高橋尚子は「日本人」(=旧来の「日本人アスリート」というイメージでくくれる人物)ではありません。
「いわゆるフェミニスト」と「(真の)フェミニスト」の関係が、まあ、だいたい典型的なんじゃないかなー、と思います。
「女性」を代表して喋ってるのって、ほとんど常に「いわゆる」の方なんですよね。フェミニストはフェミニストであるがゆえに、「女性の一人として」は発言しません。「一人の女性として(微妙な表現ですけどね)」発言することはあるでしょうけど。
「女性初の××」というのを騒ぎたてるのも、どうかと思います。「女のほうが優れている」とか、「男は女のできそこない」とかいう発言も、テーゼとしては面白いのだけど、あんまりマジに受取られても困ってしまいます。
だいたい、男が女から分化したというのは、それなりの必然性があったわけで、その意味で現在の女性は「欠陥品」だと考える発想だってありえます。実際には単独ですべての機能を果たすより、分化した両性がそれぞれの機能を補完することで、種としての全体性において合理的な形に進化した、ということなのでしょうが(←こういうこと書くと、こうもりさんに「自然科学的誤謬だ」と指摘されてしまうかもしれません。たまたま男女に分化した種が生き残っただけ、と考えることもできます)。
「被害者/加害者」「弱者/強者」という構図にお互いを填めこむことで相手との交渉を有利に運ぶ、というのは一つの戦術としてありえます。ただ、この手は一度使っちゃうと、それ以降の交渉において「対等な立場による交渉」を事実上不可能にします。なぜかといえば、いつなんどき、もとの「対等でない立場による交渉」に逆戻りしちゃうかわからないからです。
とはいえ、「いわゆるフェミニスト」も「(真の)フェミニスト」も女ではあります。ですから、「被害者ヅラした連中」や「弱者ヅラした連中」が、「本当の被害者」や「真の弱者」でないとは言えないわけですよ。
そんなわけで、あたしは「交渉(あるいは対話)におけるスタイル」をもって、「被害者ヅラした連中」や「弱者ヅラした連中」を判断します。
(Maria)
堕者さん、わすれてました。
僕の場合、ゲーム(のストーリー)でも落ち込むし、アニメだってざらです。漫画(あまり読む機会がありませんが)もそうです。大泣きします。でもそれを、必要なら正直に言うようにしております。
そのあたりが、他の人が不思議がる所でしょう。「正直に気持ちに表す事」これこそが、解らないんです。泣きたい時に我慢したら、それこそ可笑しい気がするんですが……。
「何でそこまでオーバーに表現できるの?」と聞く人が多いのですが、こればかりは、生まれつきとしかいえません。
夢の中に出てきて、夢で落ち込む事も在ります。これに関してはとある掲示板で、不定期の夢日記を書いておりますので、そこに載せてあります。まあ、4年ぐらい前の話ですが。
余談ですが、忠犬ハチ公は、一回しか見てないのですが、犬を飼ってた関係上もあって、大泣きした記憶があります。そのときの情景はいまだに焼きついております。家でのビデオなので、泣きそうに成ると、すぐにベッドに行って泣いておりました。5,6回そんなことを繰り返し、最後まで(矛盾がありますね……)見ました。
これも矛盾してますね。「人前で涙を流すと恥じだ!」という日本人傾向? 見たいな。もうやめてますが。人がどう思おうと、知ったこっちゃない。泣きたい時には泣くんです。怒る時は怒る。……(理性的な)人間失格かな。
堕者さん、こんにちは。名加野です。
>以前会社の上司とTVの話になり、「なぜドラマを見ないんだ?」と聞かれて
>正直に上のような話をしたところ「なんだそりゃ、バカバカしい、もっと観て
>慣れればいいんだよ」の一言であしらわれ、そのとき以来『やっぱり、こんな
>ことで傷つくのは自分だけなのか?』と悩んでいます。
僕ならこう答えます。「好きなドラマと嫌いなドラマがあります。」と。まあ、その前に「ドラマ」と言う言葉の範囲が分かりませんが。僕が良く見る(好きな)のは、「アニメ(これだって一つのドラマだと思います。フィクションかどうかはさておいて。)」です。
でも、だからって、映画ドラマや、1Chドラマ、アニメ以外のドラマを見ないわけじゃないです。
ただ、大好きなアニメであっても、嫌な部分をかっ飛ばす傾向はあります。極力したくは無いんですが……。後は、そのドラマがどうしようもなく下らなく(……ほんとはまずい表現ですが)、自分に合わないなら、さっさと諦めてニュースを見ます。ニュースの方が面白いと思います。
後話し外れますが、ワイドショーは嫌いです。たまに見ますが、あれほど人を馬鹿にしてるものはないです。有名人が誰と結婚しようが知ったこっちゃないんだっつーの!(面白いと思ってる方ごめんなさい(苦笑。)
ただこれだけは言えます。「人と会話を合わせたい為に、ドラマを見てるんじゃない!」と。そりゃ、合わせてくれる人が居ないのは寂しいけれど、それを強要してはいけないと思います。
>バカバカしい悩みと思われるかもしれませんが、自分のような人が他にいるのか
>どうしても知りたいので、もしドラマやアニメなどを見て同じように感じるという
>方がおりましたら、レスをお願いします。
もう思いまくりです(苦笑。僕は偽善者(よく言われるので……)ですから、嫌な事から目を背けたくなります。後は、親がよく見る映画(アニメ映画は別)は嫌いというか、あまり好きではありません。見てると面白くなる事は多々あるけれど、見るまでが長いです。
……多分昔毎日のようにアニメやニュース見たいのに、テレビを占領されてたからだとは思います(苦笑。
前にも言った気がしますが、
>「なんだそりゃ、バカバカしい、もっと観て慣れればいいんだよ」
こういう輩をなんとかしてほしい。多分自分と同じドラマ見ない人の事を、人と思ってない気がします。さらにこの言い方だと、見る気も失せると思いますが……
#「残念だなあ。ま、面白いから、暇な時見てみなよ」
ならまだ見ようと思いますが。なんだか、主旨が飛んでますがこんな感じで良かったですか?
私も小さい頃、、TVをみて、、どうして世の中というのはこういうひどいことが
あるのかと思って、泣いたりして、、あまり見れませんでした。
映画も刺激がつよすぎて、かなり大人になるまでみれませんでした。
pennpenn58 さんwrote:
> 今では少し抵抗力が付いたけどテレビは全然見る気がしない。ついでに新聞も雑誌も見ない。他人と自分の境界線が曖昧で薄いのかなあ。他人が傷つくと自分も傷つくような気がする。
本格的には,はじめましてのタレイヌです。
タレイヌも、いまや、まったく、みません。(時間が無い!というのが,大きな理由となっていますが、根本的に,見ない人でした)ついでに,新聞も,雑誌も見ません。(自慢にならんな・・この年じゃほんとにもう・・歴史が苦手というのと繋がってると思ってるけど,今が次々繋がっていく,途中を追いかける能力が乏しいんです。)
ですから,自分がドラマに入れ込む・・とかは,確かに5―6歳で痛いほど経験済みで,現実には(テレビ,映画,感情的なトキュメント,国会争議とか,取りあえずは“映像物”の話)なるべく直面しないように避けてきているようにおもいます。さすがに,この年になると,傷つく前に、にげれますから。
>
> でもテレビが見れないなんて些細なことで病院で医師に話したりしないよね。医師に話せないような些細なことでも自分にとっては大きな問題がここでははなせるのがすごくうれしい。
よかったですね,お互いに・・?
でも,タレイヌは,テレビを見れないこと(?)が病気の範疇って考えてみた事も無かったpennpenn58さんのカキコよむまで・・・・・
何故って,自分で,選び取ってると思っていたから。(この辺が,タレイヌの,本とはあぶないところかもなぁ??)
結婚した時,「テレビはいる?」とか,聞かれたけど、「いらないから。」ときっぱり。ダンナは,実は超テレビ人間だったんのに,隠してた(らしい)。そのうち,友達に借りたテレビ。友達に貰ったテレビ。安くなってたテレビ・・とつぎつぎに入り込んできて、ついに、長男のお産で退院したら、ででーんと,大きなテレビが在った。その後,次男で,更に,大型化,多数化。(敵も、なかなかやってくれます)マ,だから,もめるというわけではなくて,だんだんと,適正(?)距離を採るようになると言うだけです。子供らはといえば,大まかですが、AS的長男は,殆ど,選んで見ていたし,ダンナ的な次男は,テレビ無しではいられなさそう。三男は???(不明。なぜなら,PC登場で,区分ができなくなっちゃったの)
数少ない見た番組でのなかで個人的には,コント55(ってしってるかな?)Kちゃんが,タレイヌは、いやだった。彼のキャラを,買う人が多かったから,いまでも、司会ででてきてるし、確かに人気者だったんだけど,なぜか,人を笑いものにしている気がしてしまう。本人はチャップリンに傾倒しているみたいだったけど,まるで,逆の立場に立ってる人間じゃないかなと,思ってしまう。お笑い世界の他の人たちは,自分を素材にしている中で,あの人だけは,自分を別のところに置いといて,冷ややかに,笑いを取ってる気がしてね・・・でも,一般的には,暖かい人間味のあるキャラで,通用していたみたい,凄く不思議だったけど。(タレイヌずれてるかもね)
確かに,テレビの話が出来て,よかったです pennpenn58さん。言われなければ,思い出さなかったタレイヌでした。
どうもありがとう。
(タレイヌ)
シュッツ wrote:
>Maria wrote:
>> あたしは被害者ヅラした連中、弱者ヅラした連中に対して、あえて加害者あるいは強者として対峙することに決めました。
>真の弱者を弱者ヅラとみなすことは、弱者ヅラを真の弱者とみなすより遥かに危険なので、それは避けたいです。
私もそれが心配です。
「本当の被害者」はどういう顔をしていたらいいんでしょうか?
できれば、説明にアジアの歴史を例に持ってくるのはやめてください。
対象もフクザツ(各国の政府、軍人、それぞれ立場の違う市民、さらにその集団といろいろ) で、内容も大きく (50年以上のあれこれがあるんだもの)、重要な史実に関する共通認識を取るだけで何年もかかりかねません。これでは話がそれてばかりで本題がすすまず、こういう話題の例としてはまったく適切でないと思います。
こうもり wrote:
> 今回の件でも反省を口にすること自体を自分の過ちに対する免罪符として利
>用することがないように気をつけたいと思います。
裁判など法的なものには疑問ありありなのですが、でもやっぱり反省はしないよりした方がよさそうだし。
なにが言いたいかと言うと、反省を口にすることを恐れるようになるとやだな、ということです。
武田さん。……こんにちは。きついです。でも現実にありそうですね……。
僕には言葉をかけられる術は持っておりません。多少は説得するとは思います。
が、最終的に決めるのは、本人だと思っております。僕自身は決断力無いくせに……ね(苦笑。
最後は、泣いてあげる事しか出来ないと思います。無力。
友達の「もしも俺が、俺しか行けない世界へ行ったらどうする?」という問いに対し、平気で「おう、がんばって何処へとなりとも行きやがれ!(結局止める術を持たない。ま、僕も自分にしか行けない所があったら迷わず飛び込みたい衝動に駆られているので……他人も同じ条件で。)」とにこやかに言って、めげられる野郎ですので……。
Mariaさん、こんにちは。遅割り込みです。
> 被害者ヅラした連中、弱者ヅラした連中というのを、あたしはあんまり信用しません。力を持っている人間を必要以上に怖がる人間は、自分が力を持ったときにそれをやみくもに行使するサディズムを内に秘めているように思います。
僕も、多分力をもったらヤバイ人種に成るでしょう、必要以上に怖がり(心配)ます。
致命的な部分です。物心ついたときからなので、直るかどうかはわかりません。
堕者さんのドラマが見れないという投稿に対してすごくたくさんの反応があったよね。私もドラマが見れないくちです。若い頃はもっとひどかった。堕者さんみたいにまんがやドラマの内容に傷ついて一週間以上も落ち込むことがしょっちゅうだった。
今では少し抵抗力が付いたけどテレビは全然見る気がしない。ついでに新聞も雑誌も見ない。他人と自分の境界線が曖昧で薄いのかなあ。他人が傷つくと自分も傷つくような気がする。
でもテレビが見れないなんて些細なことで病院で医師に話したりしないよね。医師に話せないような些細なことでも自分にとっては大きな問題がここでははなせるのがすごくうれしい。
ちなみに私は精神年齢が自分では5,6才と感じているのですがそのせいか映画でも本でも恋愛ものには全く興味がもてないです。
武田好史 wrote:
>Henry wrote:
>>うちの兄貴は、自閉症なんです。
>>今年で、29歳になります。俺は1個下で、28歳になります。
>>
>>「アスペルガー」と言う言葉、今になってはじめて知ったんだけど、うちの兄貴とは違うのかなぁ。
>>
>>うちの兄貴はね、今、自分で仕事を探してフリーターをしています。でも、おかしな言動ばかりして、人とのコミュニケーションが取れないため、すぐ辞めてしまっている現状です。
>>小さい頃はね、完全な自閉症児でした。ろくに言葉を発する事も無く、意味不明な言動や、パニックを起こして、そう言う子と普通児を一緒に勉強させる私立の小学校に通っていました。
>>中学もそのつながりの中学に進学し、結構症状は改善されて、普段の生活に支障はなくなりました。
>>今では、週に2、3日アルバイトに行き、それ以外でも、家の洗濯物の仕事や、食器洗い、ゴミ出しなんかを自主的にやってくれています。
>>でも、やっぱり、人付き合いが普通の人のようにできないんですよね。相手の気持ちを考えられないみたい。それに、仕事の覚えも人一倍悪いみたい。
>>何とか、兄貴がまっとうな仕事につけるようになるのが、うちの家族の願いなんです。
>>うちの兄貴も、その、「アスペルガー」と言う奴に当たるのかなぁ?
>>何か、いいアドバイスがあったら、ご助言よろしくお願いします。
>>では、乱文でしたが失礼させていただきます。
こんにちは。このページの住人の武田です。僕は君のお兄ちゃんと同じ29歳です。君のお兄ちゃんはえらいです!だってちゃんと仕事を見つけてがんばっているんだから。僕はまだ生まれてこのかた本格的なアルバイトをしたことがありません。お兄ちゃんはきっとかなりの苦労をして、今まで生きてきていることと思います。
お兄ちゃんがASかどうかということですが、過去の経過からほぼ間違いないと
思います。もっとも、正確なことは今の彼の状態を自閉症の専門家の先生に診てもらわないとわからないと思います。
僕も少年のときは、風変わりなやつで、なんか妙にうきうきして学校中スキップして回ったり・逆にいじめにあって妙に落ち込んで「なんか無人島で独りで生活しているみたい・・」と思っていたこともありました。
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